185 / 1,029
185 スパイ大作戦
しおりを挟む高月東の国語教師、芝生綾が緑鬼たちに拉致されたときのこと。
善戦虚しく阻止できなかったものの、どさくさに紛れて二台の黒いライトバンのうち、先生が連れ込まれたのとは別の車体の下に潜り込んだ芽衣は、くっつきムシのようにピタっと張りつく。そのまま敵のアジトを突き止める算段であった。
だがしかし考えが甘かった。
クルマは市内で止まることなく、やがて高速道路にあがってしまったのである。
移動速度がいっきに加速。車体下のフレームにしがみつき、アスファルトすれすれの状態が続いている芽衣は「ひぃえぇぇぇーっ」と声にならない悲鳴をあげつつも、懸命にこらえる。
軽量かつ小柄、あちこちたいらな芽衣ゆえに出来た芸当。歴代のボンドガールも「おー、クレイジー」と裸足で逃げ出す狂気のアクション。もしも他の者が同じことをしたら路面にこすられて、たちまち大根おろしですりおろされたように、ぐちゃぐちゃのびちびちになっていたことであろう。
そんな状況ゆえに周囲の様子をうかがう余裕なんてあるはずもなく。
ひたすら忍耐を強いられる時間が続く。
◇
クルマが急に速度を落としはじめた。
いよいよゴールかとおもえばさにあらず。ガソリンを補給するためにサービスエリアに立ち寄っただけのこと。
けれども停車してくれるのはありがたい。
給油中、車体下から音もなく這い出した芽衣は、すかさず黒バンの後部バックドアをわずかに開けて、車内へと身を滑り込ませる。
一瞬の隙をついての早業。
けれども車内はむさ苦しい巨漢ばかりが乗っているせいか、空気がちょっとむわんとして若干酸えており、芽衣は「うっ」と顔をしかめる。「男クサいです」
小休憩をとりガソリンを満タンにしたところでふたたび走り出した二台の車両。
悪漢どもの「あの女はおとなしくしているのか」「ずっと気を失ったままで静かなもんだとよ」「にしてもあのガキどもは何だったんだろうな」「やたらといい動きをしていやがったぜ」「のされたヤツは当分使い物にならないとよ」「最近の女子高生はおっかねえなぁ」などという会話に耳を傾けているうちに、これまでの疲れが出たのか潜んでいた芽衣はついウトウト。
◇
ガタンと車体がわずかに跳ねたひょうしに、ハッと目を覚ました芽衣。
体感速度が明らかに下がっている。クルマは高速道路からおりて一般道へと移ったようだ。
外の様子を確認したい誘惑にかられるも、それはグッとこらえる。ここまでしんぼうをしたのだから、うかつなことをして見つかっては元も子もなくなってしまう。
そのとき車中にいたうちの誰かが窓をわずかに開けた。
とたんに流れ込んでくる新鮮な空気に鼻をひくひくさせたタヌキ娘。
「えっ、これは潮の香り? 海のそばにまで来ているの」
淡路島育ちゆえに、海とは浅からぬ縁がある芽衣はすぐに気がつく。よくよく耳をすませてみればたしかに潮騒の音が……。これにタヌキ娘は焦りを禁じ得ない。
「マズイ。船とかに運び込まれて海上に出られたらお手上げだよ。いざともなれば覚悟を決めないと」
もしも最悪の事態になったら、そうなる前に飛び出して暴れるしかない。
連中の不意をついてどうにか先生を奪取し、あとはすたこらとんずら。どこかに身を潜めて助けを呼ぶ。
ただ……。
「うーん、スマートフォンのバッテリーがかなり心許ないんだよねえ」
バッテリー残量が一割を切っている。いざともなればモバイルバッテリーがあるからと油断していたのがよくなかった。肝心のそいつはカバンの中で、悪漢どもと戦うときに投げてしまっている。
カバンはきっとタエちゃんたちが回収してくれているだろうけど、しくじった。
すみやかに敵を制圧できると自惚れ、後先を考えずに行動してしまった。今後は気をつけないと。どこかで充電できたらいいだけど。もしくは先生のが使えるかしらん?
なんぞと芽衣が考えているうちに、クルマがついに止まった。
黒のライトバンのスライドドアが開き、悪漢どもがぞろぞろと車外へ。
かとおもえば、またすぐに動き出す。どうやらクルマを車庫にでも入れるみたい。
エンジンを切って、運転手がクルマのドアをバタンと閉めた。
反響音からして車庫は高層マンションとかによくある地下タイプのようだ。
用心して芽衣はたっぷり五分ばかり時間を置いてから、ゆっくりと起き上がる。
そろりそろりと顔をあげ、窓から車外の様子をうかがう。
はたして予想通りの景色ににんまりしつつ、タヌキ娘は周囲を探る。誰もいないことを確認してから、バックドアを静かに開けた。
車外に出てからは素早く状況を確認。
地下駐車場内には黒のライトバンが六台に、外車が一台、国産車が二台。ボンネットの先っちょにあるエンブレムやら、革張りの内装などからクルマのことはよくわからないけれども、なんとなく高そうと察する芽衣。
クルマの出入口にはすでにシャッターが下りている。どこかに操作パネルでもあるのだろうけど、ヘタに動かすと派手な音がしそう。
あとは扉が一つとエレベータが一基、奥の壁際に並んでいる。
エレベーターの上枠にあるインジケーターによれば、この建物の階層は地下二階、地上五階に屋上となっている。ちなみに現在位置は地下一階。
扉の上には緑の人型マーク。
「シャッターは論外として、誘導灯があるから、あの扉の向こうはきっと階段のはず。エレベーターを使えば楽ちんだけど」
クルマの台数からして、少なくともここには三十人以上もの悪漢どもがたむろしている可能性が高い。
エレベーターの扉がチンと開いたとたんに、誰かと鉢合わせする危険はおかせない。
「連中にはまだわたしの存在は知られていないはずだから、潜入しつつ綾ちゃん先生の居所を探るのが先決か。逃げ出すにしろ、助けを呼ぶにしろ、向こうに先生の身柄を握られたままだとロクに動けないもの」
当面の方針を決めた芽衣はスチール製の扉へと向かうと、耳に意識を集中して扉の奥の気配を探る。誰もいないことを確認してから、ドアレバーに手をかけた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる