おじろよんぱく、何者?

月芝

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185 スパイ大作戦

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 高月東の国語教師、芝生綾が緑鬼たちに拉致されたときのこと。
 善戦虚しく阻止できなかったものの、どさくさに紛れて二台の黒いライトバンのうち、先生が連れ込まれたのとは別の車体の下に潜り込んだ芽衣は、くっつきムシのようにピタっと張りつく。そのまま敵のアジトを突き止める算段であった。
 だがしかし考えが甘かった。
 クルマは市内で止まることなく、やがて高速道路にあがってしまったのである。
 移動速度がいっきに加速。車体下のフレームにしがみつき、アスファルトすれすれの状態が続いている芽衣は「ひぃえぇぇぇーっ」と声にならない悲鳴をあげつつも、懸命にこらえる。
 軽量かつ小柄、あちこちたいらな芽衣ゆえに出来た芸当。歴代のボンドガールも「おー、クレイジー」と裸足で逃げ出す狂気のアクション。もしも他の者が同じことをしたら路面にこすられて、たちまち大根おろしですりおろされたように、ぐちゃぐちゃのびちびちになっていたことであろう。
 そんな状況ゆえに周囲の様子をうかがう余裕なんてあるはずもなく。
 ひたすら忍耐を強いられる時間が続く。

  ◇

 クルマが急に速度を落としはじめた。
 いよいよゴールかとおもえばさにあらず。ガソリンを補給するためにサービスエリアに立ち寄っただけのこと。
 けれども停車してくれるのはありがたい。
 給油中、車体下から音もなく這い出した芽衣は、すかさず黒バンの後部バックドアをわずかに開けて、車内へと身を滑り込ませる。
 一瞬の隙をついての早業。
 けれども車内はむさ苦しい巨漢ばかりが乗っているせいか、空気がちょっとむわんとして若干酸えており、芽衣は「うっ」と顔をしかめる。「男クサいです」

 小休憩をとりガソリンを満タンにしたところでふたたび走り出した二台の車両。
 悪漢どもの「あの女はおとなしくしているのか」「ずっと気を失ったままで静かなもんだとよ」「にしてもあのガキどもは何だったんだろうな」「やたらといい動きをしていやがったぜ」「のされたヤツは当分使い物にならないとよ」「最近の女子高生はおっかねえなぁ」などという会話に耳を傾けているうちに、これまでの疲れが出たのか潜んでいた芽衣はついウトウト。

  ◇

 ガタンと車体がわずかに跳ねたひょうしに、ハッと目を覚ました芽衣。
 体感速度が明らかに下がっている。クルマは高速道路からおりて一般道へと移ったようだ。
 外の様子を確認したい誘惑にかられるも、それはグッとこらえる。ここまでしんぼうをしたのだから、うかつなことをして見つかっては元も子もなくなってしまう。
 そのとき車中にいたうちの誰かが窓をわずかに開けた。
 とたんに流れ込んでくる新鮮な空気に鼻をひくひくさせたタヌキ娘。

「えっ、これは潮の香り? 海のそばにまで来ているの」

 淡路島育ちゆえに、海とは浅からぬ縁がある芽衣はすぐに気がつく。よくよく耳をすませてみればたしかに潮騒の音が……。これにタヌキ娘は焦りを禁じ得ない。

「マズイ。船とかに運び込まれて海上に出られたらお手上げだよ。いざともなれば覚悟を決めないと」

 もしも最悪の事態になったら、そうなる前に飛び出して暴れるしかない。
 連中の不意をついてどうにか先生を奪取し、あとはすたこらとんずら。どこかに身を潜めて助けを呼ぶ。
 ただ……。

「うーん、スマートフォンのバッテリーがかなり心許ないんだよねえ」

 バッテリー残量が一割を切っている。いざともなればモバイルバッテリーがあるからと油断していたのがよくなかった。肝心のそいつはカバンの中で、悪漢どもと戦うときに投げてしまっている。
 カバンはきっとタエちゃんたちが回収してくれているだろうけど、しくじった。
 すみやかに敵を制圧できると自惚れ、後先を考えずに行動してしまった。今後は気をつけないと。どこかで充電できたらいいだけど。もしくは先生のが使えるかしらん?
 なんぞと芽衣が考えているうちに、クルマがついに止まった。
 黒のライトバンのスライドドアが開き、悪漢どもがぞろぞろと車外へ。
 かとおもえば、またすぐに動き出す。どうやらクルマを車庫にでも入れるみたい。

 エンジンを切って、運転手がクルマのドアをバタンと閉めた。
 反響音からして車庫は高層マンションとかによくある地下タイプのようだ。
 用心して芽衣はたっぷり五分ばかり時間を置いてから、ゆっくりと起き上がる。
 そろりそろりと顔をあげ、窓から車外の様子をうかがう。
 はたして予想通りの景色ににんまりしつつ、タヌキ娘は周囲を探る。誰もいないことを確認してから、バックドアを静かに開けた。

 車外に出てからは素早く状況を確認。
 地下駐車場内には黒のライトバンが六台に、外車が一台、国産車が二台。ボンネットの先っちょにあるエンブレムやら、革張りの内装などからクルマのことはよくわからないけれども、なんとなく高そうと察する芽衣。
 クルマの出入口にはすでにシャッターが下りている。どこかに操作パネルでもあるのだろうけど、ヘタに動かすと派手な音がしそう。
 あとは扉が一つとエレベータが一基、奥の壁際に並んでいる。
 エレベーターの上枠にあるインジケーターによれば、この建物の階層は地下二階、地上五階に屋上となっている。ちなみに現在位置は地下一階。
 扉の上には緑の人型マーク。

「シャッターは論外として、誘導灯があるから、あの扉の向こうはきっと階段のはず。エレベーターを使えば楽ちんだけど」

 クルマの台数からして、少なくともここには三十人以上もの悪漢どもがたむろしている可能性が高い。
 エレベーターの扉がチンと開いたとたんに、誰かと鉢合わせする危険はおかせない。

「連中にはまだわたしの存在は知られていないはずだから、潜入しつつ綾ちゃん先生の居所を探るのが先決か。逃げ出すにしろ、助けを呼ぶにしろ、向こうに先生の身柄を握られたままだとロクに動けないもの」

 当面の方針を決めた芽衣はスチール製の扉へと向かうと、耳に意識を集中して扉の奥の気配を探る。誰もいないことを確認してから、ドアレバーに手をかけた。


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