おじろよんぱく、何者?

月芝

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183 南部(みなべ)

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 高月の駅の北口を出て、右手に兎梅デパートの建屋を眺めながら真っ直ぐ北へと進んだ突き当りの坂を進んだ先、小高い丘の上にある上宮天満宮。
 地元民からは天神さんの愛称で呼ばれている神社。
 おれの目当ては、そこの鎮守の森に住みついている情報屋、アナグマのショーン。

 あれは摂津峡の乱の時のこと。
 裏で糸を引いてはとんでもない計画を実行しようとしていた女がいた。
 動物至上主義を掲げるテロ集団「聚楽第(じゅらくてい)」のメンバー、オコジョくのいち・かげり。
 彼女が去り際に残した「鬼どもに気をつけろ」という言葉。
 争乱終結のあと、聚楽第のことについて情報を求めたときに、ショーンはたしかにこう言っていた。

『こいつはあくまで風のウワサどまりだが、鬼どもがザワついているって話だ。で、ここのところ緑が活発に動いているんだとか』

 あのとき、おれは聚楽第とも鬼とも金輪際かかわるつもりがなかったから、適当に聞き流していた。
 だが綾ちゃん先生がさらわれたことを知って、おれの中でピコンとすべての点が線でつながった。
 もしも今回の一件が緑鬼たちの仕業だとしたら、かげりの忠告の意味も理解できる。
 芝生綾は動物たちにとってはある種の生命線にも等しい。
 これを握られたら、おれたちはお先真っ暗。
 ひょっとしたら、かげりが摂津峡の乱の裏でハムスター爆弾を用いて病原菌をバラまくバイオテロを画策していたのも、芝生一族の末裔を狙ってのことだったのかもしれない。

  ◇

 夜更けにもかかわらず呼んだらショーンはすぐに顔を見せた。
 情報屋界隈でも情報が錯綜しており、今夜はとても眠れそうにないとのこと。

「しかし鬼どももいったい何を考えているのやら。よりにもよって芝生綾にちょっかいを出すなんざ、マジで鬼と動物で全面戦争になりかねんぞ。桃太郎じゃあるまいし。鬼退治とかかんべんしてくれよな、ったく。
 で、何が聞きたいんだ尾白。あいにくと芽衣ちゃんの居所はまだこっちの耳にも入ってないぞ」
「あぁ、それはべつに心配しちゃいない。なにせうちの助手は探偵よりもよっぽどタフだからな。あのタヌキ娘がちょっとやそっとのことでやられるとは微塵も考えちゃいねえ。それよりもおれが訊きたいのは、和歌山方面にある鬼どもの住処についてだ」
「和歌山か、いくつか把握している関連施設はあるが」
「そうか……、だったらそのうちで特に緑鬼が関係しているところを教えてくれ」
「緑鬼? あー、そういえば以前に連中が何かを探しているっていう情報があったな。そうか、あれが芝生綾だったのか。いいだろう、教えてやる。緑鬼関連は三つばかしあるが、さらった女を連れ込むとしたら、たぶんここだろう」

 地図をとり出しショーンが指し示したのは、道後や有馬と共に三古湯のひとつに数えられる温泉郷であり、和歌山随一の観光地である南紀白浜。
 の、手前に位置している南部(みなべ)という土地。
 日ノ本一の梅の里として有名なところ。
 なだらかな山の斜面には梅林が広がり、海岸へと目をやれば岩礁が荒々しくも勇壮、その向こうには青々とした雄大な大海原。
 空と海を繋ぐ水平線。その彼方に沈む夕陽の美しさときたら筆舌にしがたい。眺めているだけで感涙にむせぶことまちがいなし。
 そんな海岸線の一画、海へとぽっこり突き出たコブのような地形にそそり立つは白亜の建物。
 旧国民宿舎、現在は緑鬼たちが管理している温泉保養施設「翡翠館」である。一般客はとっておらず、あくまで鬼専用の場所。
 それゆえに事情を知る者はここを「鬼岩城」と呼ぶ。

  ◇

 欲しい情報は得られた。
 確証はないが、なんとなく芽衣たちは鬼岩城にいる気がする。探偵の勘がそう告げている。
 というわけでおれはショーンのところを辞去することにした。
 別れ際に「死ぬなよ、尾白」との言葉が背に届く。
 おれはふり返ることなくタバコに火をつけると、煙をくゆらせつつ。

「誰がくたばるかよ。お土産に梅ぼしをしこたま買ってきてやる。和歌山の梅ぼしは大粒で肉厚で超うまいからな。知ってるか? うどんに入れてもイケるんだぜ。出汁が超まろやかになるんだ」
 するとショーンは「だったらハチミツ漬けで頼む。酸っぱいのはちょっと苦手なんだ」と言ったもので、おれはおもわず「ぷっ」と吹き出した。

 天神さんの境内を抜け、参道の坂道へと差しかかったところでいったん足を止めたおれは、しばし夜の高月の景色を眺める。
 ここからだと街がそこそこ一望できる。
 かといって煌びやかな夜景があるでなし。
 時刻はそろそろ午前零時になろうとしている。もうすぐ日付が変わる。
 大都会ならばまだまだ宵の口。でも地方都市ではとっくに夜更け。静かなもので、ときおり遠くに聞こえる救急車のサイレン音がいんいんよく響いている。
 今日、この街からおれの知る女がふたり、姿を消した。
 そのことがどうにも腹が立ってしようがない。「自分の庭を荒らされた」というのはいささか大言が過ぎるのかもしれないが、胸の内に湧いている感情はそれに近い。
 だからきちんと落とし前はつけてもらう。
 綾ちゃん先生と芽衣は必ず取り戻す。

 鬼との確執? 誰それの思惑? 動物界の考え?

 知ったこっちゃねえな。
 なにせこちとら勝手気ままな自営業なもので。
 おれは高月の夜景から目をそらすと、坂道をくだりはじめた。


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