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182 鬼圧
しおりを挟む芝生綾の拉致現場に遭遇した芽衣たち。
なんとか阻止しようとするも、敵勢はただの悪漢ではなかった。
タエちゃんとミワちゃんは閃光の中で、急発進し走り去るクルマのエンジン音を聞く。
静かになった現場。
じきに視界が戻ってきたときには、不審車両も悪漢たちも消えていた。
そして芽衣の姿も……。
「あのバカ、無茶しやがって」
舌打ちするタエちゃん。どうやら芽衣はどさくさ紛れにクルマに張りついて、いっしょに行ってしまったらしい。
震えながら真っ青になっているミワちゃん。ふと手の中にあるスマートフォンの画面を見れば、電波状況が回復しており通話可能になっている。そこですぐに警察に通報した。
◇
若い女教師が街中でさらわれ、女生徒が姿を消した。
けっこうな大事件である。
当然のことながら、高月警察もすぐに動く。
だがしかし……。
「それはどういうことだ」
行方不明者の発見ではなく捜索打ち切りの報に、怒気もあらわとなっているのはおれこと尾白四伯。テーブルをチカラまかせにバンっと叩く。
相手は女刑事のカラス女こと安倍野京香である。
ところは尾白探偵事務所にて。事件があった同日、時刻は夜の十時過ぎ。事件が起きてからすでに四時間あまりが経過している。
「どうもこうもない。上からストップがかかりやがった。『事件性はない』だとよ。ふざけやがって」
イラついたようにタバコを灰皿に押しつけて火を消したカラス女。
山崎美和子から通報を受けて、事件現場に真っ先に駆けつけたのは安倍野京香である。
若い女性の誘拐事件なので、当然ながらすぐに特別緊急配備をかけた。
ミワちゃんがファインプレイにてスマートフォンで犯人たちを撮影していたので、悪漢どもの容姿や車両ナンバーは明らか。だからすぐに検挙できるはずであった。
けれども緊急配備が実施されることはなかった。
それどころか事件すらもがもみ消されて、なかったことにされてしまったのである。
安倍野京香の要請はことごとく握りつぶされた。
「どうやら今回の一件、鬼どもが絡んでいるようだ。いま長老たちの方から問い合わせてもらっているが……」
動物たちが化け術を使って人間社会に溶け込んでいるように、鬼も混じって暮らしている。だが、動物たちとは決定的にちがう点が二つある。
それは組織と権力である。
鬼は組織だって動いており、政治や経済などの各方面の中枢に深く食い込んでいる。その影響力は絶大。
かといって無頼無法を通すようなマネはこれまでしてこなかった。
チカラは保持しつつもあくまで影に潜み、静観にちかい構え。
それが今回の暴挙。しかもさらった相手が問題であった。
◇
芝生綾は古い忍びの家系の末裔。
忍者といえば、あまり詳しくない者でも伊賀だの甲賀だのという名前ぐらいはすぐに出てくるだろう。
一方で知名度がほとんどないマニア向けの一族なんかも多数存在している。
芝生一族もまたそのうちのひとつであった。
というか知ってるマニアを探すのが至難なほどの、どマイナーっぷりを誇るのが芝生一族。
なにせロクすっぽ活躍していないのだから、それも無理からぬこと。
ただしそれは人間側の視点から見ればの話。
これが動物側からとなると事情がいささかちがってくる。
たしかに芝生一族は歴史の表舞台にも裏舞台にも、楽屋どころか客席にすらも顔を出してはいない。ちらりとのぞき見の冷やかしすらしていない。
だからとて弱いのか、無能なのかというとさにあらず。
むしろ強大過ぎるチカラゆえに、意図的に市井へ埋没していたからこそ、権謀術数の渦に巻き込まれることなく現代にまで生き残れたのだ。
そのチカラはいくつかある。
動物たちをとくに警戒させたのが「獣を使役する術」である。
火牛の計により敵陣へと突っ込む猛牛の群れをピタリと制止し、子ども連れの気が立っているはずの母グマが我が子をにこにこモフらせ、飢えたオオカミの群れがようやく仕留めた獲物をよろこんで差し出す。
軽く頭を撫でられ「お金ちょうだい」と頼まれたら、全財産どころかパンツまで脱いで渡しかねないほど。
身の内よりにじみ出るフェロモンは動物をメロメロにし狂わせる。
抗えない絶対のチカラ。
動物たちにとっては脅威以外の何ものでもない。
だが当人も芝生家も、長い歴史を経るうちにチカラのことは忘却してひさしい。
秘伝書の類は粗略に扱われるうちにネズミにかじられ、虫食いにやられ、ときに焼き芋の火種となって消えた。肝心の術もとっくに失伝している。しかしやっかいなことに忍びの血だけが脈々と受け継がれている。
ならばいっそのこと亡きものにして後顧の憂いを断つべし。
と目論んだ輩もちらほらいた。
しかしみな返り討ちにあった。
どうやら生命にかかわるほどの危機的状況に追い込まれると、血がひょっこり覚醒してしまうらしい。
幸いなことに、これまではほんの一時的な覚醒ですんでおり、当人もケロリと忘れている。
だからことなきを得てきたものの、うっかり本格的に目覚められたら、すべての動物はその者の支配下に置かれて、獣の王が爆誕する。
ゆえに動物たちは自分たちの安寧のため、芝生一族を刺激することなくつかず離れず静かに見守ることに決めた。
以来、芝生一族のことは動物界では触れてはいけない禁忌扱いとなっており、情報は厳密に保持されてきた。
◇
そんな芝生綾に鬼がちょっかいを出した。
「すわ、宣戦布告か」となってもおかしくないほどの重大事変。
おかげで動物側はおおいにざわついている。
動物界の重鎮、長老方が鬼側に「どういった了見か?」と説明を求めているが、いまのところはまだ回答がないという。
鬼どもの圧力に屈した警察は頼りにならない。
さらわれた綾ちゃん先生にくっついていった芽衣からの連絡はまだない。
位置情報アプリとかで、どうやら和歌山方面へと向かったところまでは分かっているが消息は途絶えている。
席を立つとおれはジャケットを羽織った。
「おい、四伯。どうするつもりだ」とのカラス女には「悪いが勝手に動かせてもらう。警察も長老方もあてにはできない」と告げておれはひとり事務所を出る。
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