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179 探偵事務所、繁盛と別離のこと
しおりを挟む何かトラブルが起きたとき。
人はまず自分で解決しようとする。それがダメなら身内や友人知人を頼り、内容によってはさらに警察やら専門家へと移行するわけだが、その選択肢のひとつに探偵がある。
けれども数多ある選択肢の中から探偵を選ぶ、もしくは思いつく者は存外少ない。
なぜなら探偵という職業は、ドラマや小説なんぞで助長された偏見やら誤解によってゴテゴテに脚色されているから。
電車の窓からぼんやり景色を眺めていたら、ちょっと大きな駅ごとに一軒ぐらいは探偵事務所があったりするもの。しかし実際にその扉を叩く者は稀なのである。
何かあったら探偵さんに相談する。
という文化的土壌がまだ社会にないのだ。
「だから、ぼんやりと依頼がくるのを待っていてはダメ! 積極的に自分からうって出ないと」
そう主張するカナデがまず営業先として選んだのは、自分が通っている大学構内。
大学という場所は不思議な空間。
学究の徒が集う一方で、どこかふわふわした雰囲気が漂っており、世間から隔絶されたような空気と時間が流れている。
厳しい受験を潜り抜けてきているだけあって学生たちは頭脳明晰だ。
しかし一方で、驚くほど世間知らずなところもある。勉学に費やした分だけ、他の方面がおろそかになった結果なのだが、それを欠点とあげつらうのは酷というもの。
けれども悪党どもからすれば、隙だらけなのも事実で……。
構内は大なり小なりトラブルが頻発している。
それらを拾い上げようとカナデは考えた次第。
お客は学生ゆえに報酬の方はあまり期待できない。けれども中には裕福な家庭の子もいる。解決すべき事案によっては親御さんが依頼人になるケースもある。
どちらにせよ学生たちの間で評判になれば、放っておいても情報を拡散してくれるから、あとは依頼が向こうから集まってくるようになる。
このカナデの狙いは当たった。
浮気調査、ストーカー対策、怪しげなサークルからの脱退、半グレ集団とのもめごとの解決、賃貸トラブル、恋愛商法のクーリングオフなどなど。
新生活に胸を躍らせる新入生たちや、箱庭に暮らす学生たちの無知につけ込んだ性質の悪い事件をいくつも片付けていくうちに、尾白探偵事務所には自然とより大きな仕事が舞い込むようになる。
その過程で社会の裏側に触れる機会が格段に増したカナデは、ついにこの世界の真の姿を知った。
人間と動物と妖と。それらが入り交じって生きている。
この事実を知った人間の反応は二通り。
許容して受け入れるか、拒絶してけっして認めようとしないか。
カナデは幸いにも前者であった。
「出すモノさえ出してくれたら、何でもいいや」
助手はニカっと笑う。
そしてこれによって依頼は人間側だけでなく動物側からも舞い込み、尾白探偵事務所の名はさらに売れることとなった。
◇
順風満帆に見えた尾白探偵事務所の経営。そろそろ人手が足りなくなってきたから、他にも助手を雇うかという段になって急ブレーキがかかる。
カナデの父親が営んでいる事業がいよいよヤバくなったのである。
彼女が報酬に惹かれて探偵助手となったのは家計を助けたいとの想いからであった。
ついで心労で母親が倒れるという不幸が重なった。もともと丈夫な性質ではなかったらしい。
そんなタイミングでカナデに秘密裏に接触してきたのが桜花探偵事務所のスカウトマン。
全国展開している業界最大手からの勧誘。破格の好待遇にて、安定した収入のみならず、いろいろと家のことでも相談に乗ってくれるという。
「ぜひ尾白探偵ともどもお誘いあわせの上でご検討を」とスカウトマン。
ワラにもすがる想いではないが、この話にカナデが飛びついたとて誰が責められようか。
だがしかし……。
「桜花ねえ。悪いがおれは遠慮しておく」
移籍話をカナデから伝えられたおれは拒否。
「どうして? これはものすごいチャンスなんだよ!」
声を荒げるカナデにおれは再度首をふる。
「宮仕えは性に合わない。それに中途半端で放り出したら、ここまでお膳立てをしてくれたジジイや、支えてくれたみんなに申し訳が立たないからな」
「そんな……、どうしてもダメなの」
「……すまない」
義理と人情ゆえに動くわけにはいかない、おれこと尾白四伯。
すぐに多くの助けが必要ゆえに、のばされた手を掴むしかなかった、伽草奏。
互いに相手へと抱く想いはともかく、状況がこれ以上いっしょに歩むことを許さない。
こうして重なりかけた二人の男女の道は別れ、パートナーは解消された。
◇
芽衣にせがまれるまま、初代助手のカナデのことについてざっくり説明を終えたおれは「ふぅ」とひと息吐いてから、タバコの箱へと手をのばす。
が、中身は空っぽ。灰皿も一杯。昔ばなしをしているうちに、ついつい吸い過ぎてしまったらしい。
やれやれ。とっくに過去のことと割り切っているつもりだったのに。
おれはあの時の自分の選択が間違っていたとは思わない。そして彼女の選択も。それでもちがう道があったのではと、ふと考える瞬間がある。
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我ながら情けない。
くしゃりとタバコの空箱を握りつぶしたおれは、そいつをゴミ箱に投げ捨てるなり腰をあげた。ジャケットとサイフを手に事務所の外へと。タバコを買いに行くためだ。気が向いたらその足で飲みに出かけるかもしれない。
するとそんなおれの背に芽衣が声をかけてくる。
「四伯おじさんはカナデさんのことが好きだったの?」
おれはふり返ることなく「さあな」とだけ答えた。
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