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176 どっち?
しおりを挟む三大化けタヌキと称される淡路は芝右衛門。その一族の女子にのみ継承される武術。狸是螺舞流武闘術(りぜらぶるぶとうじゅつ)の継承者であるタヌキ娘の洲本芽衣。
古来よりキツネ族たちの間で連綿と受け継がれてきた武術。狐崑九尾羅刃拳(ここんきゅうびらじんけん)の遣い手であるキツネ娘の出灰桔梗。
個体数の減少と相まって幻の武術といわれた滅爛虎慄紅武爪術(めらんこりっくぶそうじゅつ)を習得しているトラ女の孤斗羅美。
ケンカ上等! 独学ながらも生まれもって備わったセンスによって、着々と己の内にある武を醸造中であるヘビ娘の白妙幸。
名家に仕えるメイドの宇陀小路瑪瑙とて、ただの身の回りのお世話係ではない。クルマの運転技術をはじめとして、要人警護のイロハは身につけている。紗月お嬢さまを守るを第一としているために積極的に戦闘に参加することはなく、実力はいまだ未知数ながらも相当であろうことは、所作や足運びなどでわかる者にはわかる。
そうそうたるメンバーの中にあって、唯一、武を収めていないのが孤斗羅美の妹である玲花。
とはいっても近々に修行を始める予定になっている。
姉に守られてばかりいる妹よりも、姉から背中をまかせてもらえるような妹になりたいと、玲花はやる気をみなぎらせている。
その上で彼女が気になったのが自分の化け術の師匠である尾白四伯のこと。
「ねえねえ、師匠って強いの? それとも弱いの? どっち?」
この質問に最初に口を開いたのは芽衣。
「武術の才能はないよ。からっきしの、すっからかん。なにせ歴代最速の男だもの」
かつて尾白は淡路島にある芽衣の実家に居候をしていた時期がある。
あんまりにもゴロゴロしているダメ男っぷりに、見かねた芽衣の祖母である葵が「腐った性根を叩き直してやるよ」と稽古をつけることに。
が、開始わずか二十分にて「ここまでダメダメのやつがいるなんて、あきれた! まったく長生きはするもんだよ!」と愛想をつかされて破門された。
かくして尾白は歴代最速の伝説となり、記録と記憶に残る男となった。
芽衣に続いて「そうだなぁ」と話を引き継いだのは孤斗羅美。
「個の武という意味では弱いと思う。てんで相手にならない。でも、あたいはそんな尾白さんのおかげで命拾いをした」
かつて奈良はシカ王国にて開催された嫁獲り競争。
そこで対峙することになったタヌキ娘とトラ女。
卑怯卑劣、陰謀渦巻く本戦を尻目にガンガンに殺り合う。
極限の武がぶつかり、ついには互いに最終奥義までくり出すことになった。
もしも尾白四伯が我が身を犠牲にして盾とならなかったら、二人ともどもこの場にいることはなかったであろう。
「誰かに庇われたのなんてはじめてだった。自分があんな風に男に守られる日がくるなんて夢にもよらなかったよ。……なんていうか、その、ちょっとカッコよかった、かも」
うつむき加減にて最後の方はごにょごにょ。小声にて、いまいち周囲はよく聞こえなかった。
ただ隣に座る妹の玲花だけがモジモジしている姉を見てにやにや。
そんなタイガー姉妹をよそに次に発言をしたのは白妙幸。
「尾白さんっていえば、ちょっと前にうちの弟が体験学習で世話になったんだけど……。ぶっちゃけ驚いた。望のヤツ、帰ってきたら顔つきというか、雰囲気が変わっていたんだよ。なんていうかいっぱしの男のツラになってた。それに人命救助で感謝状までもらって」
小学校の社会科見学。尾白探偵事務所にて一日助手を体験した白妙望。
いろいろ経験して、失敗もしつつ、結果的には人助けに尽力した功績を称えられて表彰された。
けれども「自分は何もしていない。ただ居合わせただけだ」と述べるのみ。そればかりかもらった表彰状をして「これは自戒の証。己が不甲斐なさを恥じ、二度と醜態をさらさないための誓い」とか、なにやらこむずかしい台詞を並べ、姉をおおいに困惑させている。
「そのくせ何があったのか詳しいことは教えてくれないんだよなぁ。尾白さんに訊いても空とぼけるばかりだし」
男同士の約束とかなんとか。
これに「ちぇ」とお姉ちゃんはちょっぴりジェラシー。
「でも、あの化け術はすごいよね。いろんなモノに化けられるし」
ズズズと太いストローにてタピオカドリンクを飲みながら、そう言ったのは孤斗玲花。
「それにあの部分重ね化けというのも、興味深いかと」
うなづいたのは宇陀小路瑪瑙。
尾白四伯はいろんなモノに化けられる。
しかも質量やら能力も化けたモノに準拠する。クルマに化ければギューンと走れるし、バイクに化けてもやっぱりギューンと走れる。モーターハングライダーになれば空だって飛べるさ。がんばれば戦闘機にすらもなれるだろう。
が、燃費が悪すぎてロクすっぽ飛べずに即墜落するだろうけど。
あと惜しむらくは、せっかく変身しても自分ではほとんど操作できないこと。それゆえに尾白の化け術の能力を十全に活かすには、操者となるパートナーが必要となる。
でもって孤斗羅美の滅爛虎慄紅武爪術の獣人化をヒントに開発されたのが、己の肉体の一部をドロンと化けさせる部分重ね化けなる技。
拳を鉄にして敵をゴツンとか、骨を強化するとか、腹を鉄板にして攻撃を防ぐとか、いろいろ有益で汎用性が期待できる。しかし化け術の制御と肉体との整合性を維持するのがかなりむずかしく、まだまだ改良の余地ありの未完成。
あれやこれやと意見が並べられたところで芽衣がぼそり。
「ただし、条件さえそろえば最強かもしれない」と。
最強の言葉に一同がぴくり。
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