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171 いいオオカミさん
しおりを挟む高月の地には二本の国道が走っている。
市内を南北に縦断しているのと、東西に横断しているのと。
どちらがメインかと問われれば、横断している方と住人らの大半が答えるであろう。
事実、交通量は横断している方が断然多い。大坂の中央から京都方面へと至る通過点ゆえに、往来は活発である。
これに比べると縦断の方は隣の市への経路といった意味合いが強く、賑わいはそこそこ。
けれどもその「そこそこ」具合を好んで道路沿いに看板をかかげているのが、真田動物病院である。
院長は男前の獣医師である真田誠一郎。
独身、長身のスポーツマン。ニカっと笑うと白い歯がまぶしいイケメン。おかげでジムでもテニススクールでも病院でもモテモテだ。院長目当てにペットの診察にやってくるマダムもあとを絶たない。おかげで病院の待合室はいつもいっぱい。「ワン、にゃん、シャーッ」とやかましい。
そんな真田院長ではあるが、正体はシベリアオオカミである。
昼は普通の獣医師として荒稼ぎをし、夜は人間社会に紛れ込んでは何かと苦労をしている動物たちの往診医として活動している。ちなみに夜の部の診察料は超格安。
「おいおい、真田先生よぉ。あんた、そんなので商売がやっていけるのかい」
診てもらった動物たちの方が恐縮して心配になるほど。
すると決まって真田院長はこう言って笑みを浮かべる。
「心配はいらない。収支のバランスはちゃんと計算している。なぁに昼間に人間たちからたっぷり貢いでもらった分を、こっちに回しているだけだから」
とどのつまり、彼はいいオオカミさん。
というかオオカミはもともと家族や身内をとても大切にする、面倒見がいいやさしい動物なのである。
◇
真田院長から連絡を受けておれはちびっ子助手たち、瀬尾愛(人)と白妙望(ヘビ)を連れて出向いた。
子連れで訪問したおれの姿に「あー、そういえばもう体験学習の時期だったか。すっかり忘れていたよ。しかしまさか尾白くんのところを希望する子どもがいるとはねえ。大地震とかの前触れだったら怖いなぁ。うーん、しかし困ったぞ。どうしよう」と悩むそぶりをみせる真田院長。
どうやら子どもたちにはあまり聞かれたくない類の依頼らしい。
しかしおれは「大丈夫ですよ」と院長を安心させる。「ちゃんと守秘義務については教えてありますから」
職務上知った秘密や個人情報を守ること。
これを守秘義務という。
探偵業の基礎中の基礎である。
大人たちは子どもはあてにならない。うっかり秘密をもらすのでは?
と考えがちだが、これはあやまり。
じつはビチャビチャもらすのは大人の方である。
小学校の、それも低学年ぐらいまでの子どもは、あれでけっこう義理堅い。
知識や認識の中にまだウソや裏切りなどの行為が定着していない。あるいは慣れていない。だから言葉による呪の影響を受けやすい。
友だちから「絶交!」と言われるとビクリと固まり怯え、まるで世界の終わりのような気持ちになってしまう。「約束」と言われたらそれは何をおいても守るべきものと頑なになる。
もちろん個人差はあるから、全員が全員というわけじゃない。
しかし瀬尾愛と白妙望に関しては問題ないとおれは判断した。
マジメで利発な子どもほど、大人から一人前扱いをされれば、それに応えようとがんばるものなのだ。
「まぁ、尾白くんがそこまで太鼓判を押すんだったら」
どうにか納得してくれた真田院長。ススっと近寄ってこそっとおれに耳打ち。
「いやあ、じつは検査入院で預かっていたイグアナのヘドロくんが逃げ出してね。それをどうにかしてもらおうと思ったんだけど」
病院の不祥事である。
ゆえに外にもれるのはちょっと……。
でもって午後には飼い主がヘドロくんを引き取りにくる。
「ここはひとつ超特急で頼むよ、尾白くん。報酬ははずむから」
真田院長がお願いと手を合わせる。
たしかにそれはマズイ。すみやかに処理する必要がある。
怪しい治療でぼったくっている光瀬女医とはちがい、真っ当な医術にて動物たちの地域医療を守ってくれている恩人が困っているとあっては、これを見過ごすわけにはいかない。
おれは「わかった」と捜索依頼を快諾。
◇
ちびっ子助手たちを連れてすぐに向かった先は、真田動物病院の近所にある公園。
半径二百メートルの間に三つある公園を順繰りにまわる。
一つ目の公園は立ち入ることなくスルー。
すぐに次へと向かおうとするおれ。
そのおれのジャケットの裾をつかんでクイクイ引っ張る愛ちゃん、「探偵さん、探偵さん、ここは探さなくていいんですか」と首をかしげている。
「あぁ、ここにはそれっぽい木がないからな。なにより狭すぎる」
公園といってもいろいろある。
ネコの額ほどしかない、よくぞこれで臆面もなく公園と名乗れたものだなというモノから、ちょっとした森のように緑が生い茂っている広いモノまで。
おれは行方不明のペット探しの経験はわりと豊富。過去には爬虫類系もちらほら。だからこそわかる。
イグアナとかはたいてい身を隠せる緑の多いところ、それもほどほどに高い木のあるところを好む。そして日当たりも大事。なにせ変温動物だし。
逃げ出したヘドロくんは化け術の類が使えない。ただのイグアナだということは真田院長に確認してわかっている。だとすれば移動できる距離は限られるから、捜索範囲はこんなものだろう。
以上のことを愛ちゃんに説明する。
もちろん化け術うんぬんのくだりは隠して。
おれの話に「へー、そうなんだぁ」と感心している愛ちゃん。
それとは対照的に、ムスっとしたまんまの望くん。何やらおもしろくなさそうにて、ちっとも会話に加わろうとしない。だからこっちから積極的に話しかけようとするも、とたんにプイっとそっぽを向かれる。
うーん、タエちゃんの話では「とっても素直でいい子。地上に舞い降りた天使」って話だったんだけど……。
内心で首をひねりつつ、おれたちはイグアナの捜索を続ける。
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