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167 ナイスキャッチ
しおりを挟むうつ伏せに倒れた出灰桔梗。だらりと投げ出されている長い艶髪が夜の渓流のよう。
しばらくそれを見下ろしていた洲本芽衣。彼女を残し屋上をあとにしようとするも、背後に動く気配を感じ立ち止まった。
ふり返った芽衣が見たのは床に拳を突き立て支えとし、立ち上がろうとしている桔梗の姿。
つり上がり血走った目、強く歯を食いしばりすぎて口元から血が滴り、ぽたりぽたりと足下に垂れている。全身が傷だらけ、汗と血と埃にまみれている。
白薔薇の君と呼ばれ、南校の生徒たちからの尊敬と羨望を一身に集めている可憐な乙女の姿はどこにもない。
肉体はすでにボロボロ。なのに気迫だけで幽鬼のごとく立つ。
そんな桔梗が声を絞り出す。
「まだです。私はまだ……、あなたの最高を見ていない」
挑発、あるいは懇願だったのかもしれない。
自分は現在、放てる最上位の技をくり出した。
だからこそ対戦相手にもそれを求めたのである。
これを受けて屋上を去りかけていた芽衣はただひと言。「わかった」と応じる。
まぶたを閉じ、静かに深く呼吸をするタヌキ娘。
丹田にて十分に気を練り上げてから、カッと目を開く。
とたんに黒のオカッパ頭がめらめら逆立ち怒髪天をつく。
「狸是螺舞流武闘術、終の型、唯我独尊」
直後にバチバチと不穏な音が鳴り始め、芽衣のカラダがぼんやり蒼く光りだした。
放電現象のようなそいつの正体は、体内に溜め込まれていたエネルギーが放出されたもの。
狸是螺舞流武闘術は、芝右衛門の一族直系の女子にのみ代々継承される武術。
ではどうして女子のみに継承されるのかというと、男子ではロクすっぽ扱えないからである。
理由は股間のアレだ。タヌキのアレといえば八畳敷きにまで広がるといわれるほどに立派なもの。それすなわち子孫繁栄、精力ギンギンをあらわす。
内包されてあるエネルギー足るやとにかくすさまじい。
なにせ彼女いない歴イコール年齢、学問と利き手が恋人という大学院生たちが百人集まってもかなわないほど。
もしもこのチカラを変換できる装置なり技術が開発されれば、地球の環境問題はたちまち解決し、人類は究極のエコエネルギーを武器にさらなる飛躍を遂げることであろう。月や火星どころか太陽系外への進出も夢ではない。
だがあいにくと女子の股にそんな袋はない。
けれども男子同様にギンギンなエネルギーが体内には満ちている。
ありあまるそいつを外部へと放出し、超絶破壊力をともなう武術へと昇華させたのが狸是螺舞流武闘術。
平時には体内にて循環され練られ純度を高めているタヌキパワー。
こいつをさながら堤を決壊させるかのようにして一挙に放出することにより、短時間ながらもとてつもない爆発力を産み出す。
出し惜しみなしの大盤振る舞い。
それが終の型、唯我独尊という技。
◇
芽衣と桔梗が戦い始めてから、すでに一時間半ほども経っている。
はじめは校舎内の昇降口付近で、その激しいやりとりに聞き耳を立てていたおれとトラ美とタエちゃんではあったが、身の危険を感じて外へ。
そしておれたちは見上げた先、屋上付近にて生じた蒼光を目撃する。
「ほぅ、芽衣はアレをやったのか」と検分役のトラ美。
「アレが例の? すさまじいな」とはゲストのタエちゃん。
アレとはもちろん終の型、唯我独尊のこと。
トラ美が語る実体験を聞きながら、タエちゃんは屋上をにらんだまま。無意識のうちに固く握りしめた拳。彼女もまた本質的にあっち側の住人ということなのだろう。
やれやれ、どうしてこうおれの周囲には武闘派の女ばかりが寄ってくるのやら……。
肩をすくめつつ、おれは一人歩き出す。
「尾白さん、どこへ?」たずねるトラ美におれは手をひらひら。「サポートだよ。さすがにあの高さから吹き飛ばされたら阿紫屋のお嬢さんがヤバいんでね」
屋上の蒼光。
その輝きが、色味が一番濃いところに芽衣がいるはず。
となれば……。
遠目に対峙しているタヌキ娘とキツネ娘の位置関係を推測しつつ、風の向きやら、敷地の構成を考慮し、「だいたいここら辺かなぁ」という場所をおれは目指す。
まぁ、あれだ。野球で外野に飛んできたフライをキャッチするのと同じ要領。
タヌキの悶々パワーが全開となった芽衣は自制が効かない。ほとんど暴走状態にてリミッターがはずれちまっているから加減なんてどこへやら。
で、案の定である。おれは軽く舌打ち。「あのバカ、やりすぎだ」
屋上より吹き飛ばされた影ひとつ。
校庭へと向かってひゅるひゅる落ちてくる。
おっと、想定していたよりも当たりが大きい。
こちらの頭上を超えていく。これでは落下地点に間に合いそうもない。
そこでおれはすかさず「変化!」
ドロンと化けたのは映画の撮影やら避難訓練でお馴染みのセーフティーマット(特大)。
高所からの落下シーン、クライミングやボルダリングの競技にて安全対策には欠かせないもの。厚さ五十センチオーバー、優れたクッション性によりたいがいの衝撃を受け止める。
落ちてきたキツネ娘をおれはボフンと圧倒的な包容力にてナイスキャッチ!
「しっかし、また派手にやられたなぁ」
すっかりズタボロにされた桔梗。
お嬢さまはぐったりチカラなく気を失っている。
けれどもその横顔はとても穏やかにて満足げであった。
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