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166 篠突く雨のち晴天
しおりを挟む狐崑九尾羅刃拳。
古来よりキツネたちに伝わる武術。伝説の九尾の妖狐のごとく、手足が九本もあるかのような疾風怒涛の攻めが身上。
手数と速さが特徴にて、かまえなし、防御なし。つねにひょうひょうと自然体。そこから予備動作なしにて最高速の技を放つ。
だがしかし……。
自分へと迫る洲本芽衣の技。その迫力を前にして、とっさに防御の姿勢をとってしまった禍つ風こと出灰桔梗。自分の行動にハッとして愕然となる。流儀に反するあるまじき失態。生じる混乱。心身がズレる。一瞬頭の中が真っ白になった。
そこに入ったタヌキ娘の掌底。
勝敗を決するには十分過ぎる威力を持った必殺技。
が、この窮地からキツネ娘を救ったのは身に宿った武そのもの。たゆまぬ努力を重ねに重ねて、骨の髄にまで、神経の隅々にまで徹底的に染み込ませたそれが意識の外で勝手に反応していた。
偶然にも無心状態となっていた禍つ風の左膝が跳ね上がる。
捉えたのは突き出されていた芽衣の右手首。
タヌキ娘の放ったさざ波。掌底による衝撃がキツネ娘の装備している手甲を突き抜け、本体へとダメージを届かせようとした刹那、膝蹴りによって軌道がズレた。
これにより手甲は粉々に砕かれたものの、肉体へのダメージは最小限に留めることに成功する。
とはいっても、軽々とキツネ娘を吹き飛ばすほどの高威力ではあったが。
禍つ風の体が宙を舞い、女子トイレから廊下へ、それでも勢いは止まらず、そのまま校舎の窓枠へと背中から激突。ついには外へと飛び出した。
ここは二階、ヘタな落ち方をすればただではすまない。
芽衣は廊下の窓に駆け寄り、確認しようと身を乗り出す。
しかし頭上から殺気を感じて、すぐさま首を引っ込めた。直後に落ちてきたのはヘルメット。禍つ風が脱ぎ捨てたモノである。
投げつけられた黒のヘルメットがそのまま地面に落下して、鈍い音を響かせる。
その間に外壁沿いにある雨どいの管を伝って三階へと移動した桔梗は、校舎内にひらり舞い戻る。
◇
三階に消えた桔梗を追って芽衣も最寄りの階段へと向かう。
数段飛ばしにて登り、あっという間に三階へ。
けれども最後の段を踏んだところで、横合いからのびてきたのは鋭い蹴り。
芽衣は腕で蹴りをふせぐも、階段から突き落とされてしまう。
くるんとバク宙にて転倒は回避。しかし階段の上をとられる形となってしまった。
古来より、戦略戦術面において相手よりも高い位置を占めるのは優位とされている。これを制高という。
自分よりもリーチがあり、なおかつ攻撃速度も上。そんな相手に頭上をとられたらやりにくくてしようがない。
これを嫌った芽衣がとった行動は不利な戦場の破壊。
すなわち階段そのものを攻撃。
左右左と交互に続けて放たれた、三連続のさざ波。
衝撃波が床下にてぶつかり、重なり、反発しては何度も寄せては返し、互いを増幅させながらより大きなうねりとなり、破壊の波となる。
階段に無数の亀裂が走る。表面がたわんで歪んだ。支えの部位が軋む。
すぐに自重に耐えられなくなった。底が抜けてついに崩落。
その余波は階段上にもおよび、あわてた桔梗は大きく飛び退りその場を離れる。
追う芽衣が披露したのはよもやの壁走り。
とはいえ桔梗の軽やかなそれとはちがって、壁にできた破損カ所を足場とした疑似的なもの。
以降、何かが吹っ切れたのか、ヘンなスイッチの入った芽衣は破壊の権化となる。
壁をぶち抜き、床を叩き割り、教室の扉も黒板も、掃除用具入れのロッカーもおかまいなし。進路上に立ちふさがるモノはことごとく排除していく。
桔梗の集中砲火とは異なる広域爆撃のような攻撃。
これにさらされることになった桔梗はしばしガマンの時を強いられる。
廃校建屋は悲鳴をあげ続けた。
◇
三階、四階とキツネ娘とタヌキ娘が暴れ回る。
ついには屋上へと到達した両者。
ことここに至っては待ったなしの正面対決あるのみ。
桔梗が放ったのは狐崑九尾羅刃拳、九尾なる技。
精確な狙いや洗練された連携などは捨て去り、ひたすら大量の突きを放つ。
別名、篠突く雨とも呼ばれている超乱打。間合いの中に入ったが最後、土砂降りのごとき攻撃にさらされる。
桔梗のそれはさながらゲリラ豪雨。
数の暴力が局地を席捲する。一撃一撃は乱雑極まりない。けれどもそれゆえに無軌道、無作為。動きが、気配がまるで読めない。
当てる気がないがゆえに、当たる。はずれた攻撃すらもが雨粒が地面で撥ねるようにして狂い踊る。
そんな豪雨の中をガードを固めつつジリジリ、前へ前へと進んでいた芽衣。すでに全身は傷だらけでヒドイあり様であったが、それでもかまわず前へ。
バチン!
不意にすべての音が重なる。ひと際大きな音が鳴った。
同時に雨があがる。
桔梗の両腕が高らかに跳ねあげられ、バンザイの体勢になっている。
芽衣の右腕の払いによるもの。
チカラをためつつ芽衣はずっと待っていた。ランダムにくり出される怒涛の手刀、桔梗の左右の攻撃のタイミングが合わさる瞬間を。
個々に対応してこれを打ち落とすのは至難と判断した芽衣は、自身が受けるダメージを度外視して、一度にまとめて雨を吹き飛ばすことを選ぶ。
がら空きとなったキツネ娘の胴。
そこにタヌキ娘の拳が深々とめり込む。
くの字に折れた桔梗の体がわずかに浮いた。
しかしこれまでのように吹き飛ばない。
いや、吹き飛べないのだ。あまりの鋭い一撃ゆえに衝撃が、破壊の奔流がいっきに腹から背中へと突き抜けたがゆえに。
ふたたび地へと足をつけたとき。
桔梗は踏ん張ることかなわず、そのままぐしゃりと崩れ落ちた。
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