おじろよんぱく、何者?

月芝

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164 小手調べ

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 禍つ風の蹴りによって黒板まで吹き飛ばされた芽衣。
 だがくるんと身をひるがえし、両足にてダンッと黒板を蹴飛ばしすぐさま反撃へと転じる。
 技を放った直後、それも着地のタイミングで弾丸となって飛んできたタヌキ娘。
 いまいち手ごたえを感じなかったキツネ娘も、相手がすぐに起き上がることまでは予想していたが、よもや即座にこれほど苛烈な反撃に転じるとは思いもよらない。
 とはいえわずかなりとも用心していた気構えが禍つ風を救う。
 片足立ち、それも爪先による軟着地状態という不安定な体勢を逆手にとって、仕掛けるは巴投げ。
 自ら背中から倒れつつ相手を巻き込んで投げる真捨身技のひとつ。
 捨て身っぽくあまり実戦向きではなさそうな投げ技だが、じつはそうではない。こと一対一の戦いならばむしろ絶大な効果が期待できる。
 やられた側にとってはまるで目の前の対戦相手が消えたように感じる。全体重によって巻き込まれバランスを崩され、なおかつ人体においてもっとも大きな筋肉が集中している脚部によるかち上げ。抗いようのないチカラの奔流に呑まれたが最後、驚天動地はまぬがれない。
 と、これは通常の柔道の巴投げの話。
 狐崑九尾羅刃拳の遣い手である禍つ風。その身上は打撃による攻めにこそアリ。
 腕をとり、巻き込んだ芽衣のカラダ。これを投げる直前、床に背を預けた状態からくり出されたのはふたたびの蹴り技。
 空中かつ、掴まれて拘束状態にある芽衣は逃げられない。
 狐崑九尾羅刃拳、二尾の蹴撃によってタヌキ娘が突き上げられる。
 芽衣の姿は天板のボードをぶち抜き、天井裏へと消えた。

  ◇

 刹那の応酬のあと。
 教室に静寂が訪れる。
 天井裏へとめり込んだ芽衣は降りてこない。

「さっきのは手ごたえがあった。もしや気を失っているのか?」

 と考えた禍つ風ではあったが、すぐにその考えを捨てる。
 奈良にてトラ女とタヌキ娘が戦ったときの映像データならば視た。
 たしか『羅城門激闘編。狸是螺舞流武闘術VS滅爛虎慄紅武爪術。月下に舞う戦乙女たち』というタイトルだったはずだ。
 そこには雄々しいトラ女を相手にして、堂々と殴り合いを演じ、真っ向勝負をしているタヌキ娘がいた。
 大型トラックを片手で転がすようなバケモノを相手にしての、あの武勇。
 たった数発の蹴りがまともに入ったからとて、ねじ伏せられると考えるほど禍つ風の頭はおめでたくはない。
 だとしたら、相手はおそらく機をうかがっているはず。
 天井裏に潜み、こちらが集中力を切らすのを待っている。より確実な一撃を決めるために、そのときをじっと待っている。
 戦いにおいて身がすくんで、あるいは頭が真っ白になって動けなくなる者は多い。本番になると緊張のあまり練習の十分の一ほどのチカラも出せない者もいる。気が急くあまり呼吸が乱れ、技が荒くなることもしばしば。
 これを解消するには胆力を磨くしかない。ひたすら追い込み慣れるしかない。
 激しいやり取りの最中に好機が来るのを静かに待つ。
 クマを専門に狙う猟師のマタギように一発必中のタイミングを狙っている。
 とんでもなく強靭な自制心がいる。生半可な胆力で出来ることではない。
 芽衣にはそれが備わっている。いったいどのような鍛錬を積めばあのような精神が宿るのか。
 天井の穴を警戒しつつ、教室全体の天井をも視野に入れ、禍つ風はゆっくりと移動。
 教室のうしろ側、壁際まで下がる。どこから芽衣が飛び出してきても対応できるよう、迎撃態勢を整える。

  ◇

 沈黙の中、目には見えない攻防が続いている。
 何かが軋む音がしてパラリと粉が舞った。
 次いで落ちてきたのは照明用の蛍光灯。
 廃校となったおりに回収され忘れ、ずっと残っていた一本。それが先のやり取りの余波にてはずれたらしい。
 床に落ちたひょうしに蛍光灯がガチャンと割れた。
 けれども禍つ風の耳は音を拾えども、天井へと向けられた注意がそれることはない。
 ベタだが絶好の機会。仕掛けるならばここというタイミングで落ちた蛍光灯。だから芽衣も動くはずとにらんでいたが、その予想ははずれた。
 あまりにも静かすぎる。
 もしや急所にでも蹴りが決まっており、本当に倒れているのかも。
 捨てたはずの甘い考えがふと蘇った。
 意識のすべてが穴の向こうにいるはずの対戦相手へと注がれる。
 その時である。自分の背後に異様な気配の膨らみを感じ、はっとふり返った禍つ風。
 だがそこにあるのは、かつてこの教室に通っていた子どもたちが使用していたカラの棚と壁があるばかり。

 直後、壁の表面にピシリと亀裂が入った。
 ゾクリときて身を引いた禍つ風。そこに爆発と呼ぶにふさわしい破壊が襲いかかる。
 教室の壁が砕けた。瓦礫が散乱し、粉塵が舞う。
 爆発を浴び吹き飛ばされた禍つ風は、床を二転三転しながら教壇側まではじかれた。
 煙の向こうに薄ぼんやりと浮かぶ小さな人影がぼそり。

「狸是螺舞流武闘術、突の型、錠前破り」

 これは頑丈な蔵の錠前をも粉砕する突き。チカラをタメればタメたぶんだけ破壊力が増す。その気になれば開かずの金庫の扉をも貫くことさえも可能。だがそれゆえに隙も多く、使いどころがむずかしい技でもある。ちなみに芽衣の師であり祖母でもある葵であれば、錠前どころか銀行の大金庫の扉をもぶち抜く。
 キツネ娘によって天井裏へと蹴り上げられたタヌキ娘。
 小柄な身を活かしてシャカシャカ天井裏を移動。隣の教室へと渡り、そちらでたっぷりと気と技を練っていた。
 まずは小手調べというにはあまりにも激しい両者のやり取り。
 戦いは以降、より苛烈さを増していく。


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