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162 立ち合い
しおりを挟む高月の市役所前から国道を京都方面へと向かう途中。
ちょいと北の山間部へ入ったところに廃校となった小学校がある。
人口がピーク時に急場しのぎで建てられた小学校にて、こじんまりとしており分校のような扱いであった。だがそれも時代の変遷とともに役割を終える。
すでに取り壊しは決まっているものの、都市再開発計画とかのゴタゴタに巻き込まれて放置されて久しい。
そこが出灰桔梗と洲本芽衣の立ち合いの場となる。
今回の立ち合い、モロモロの事情込みにておれが伝えると芽衣はすんなり受けた。
あんまりにもあっさりだったもので、かえってこっちがいぶかしんだほどである。
タヌキ娘の言うことには「なんとなく気持ちはわかるから」というもの。「自分が大切しているモノを横からかっさらわれたら、誰だって面白くないよ」
うーん、わかるような、わからないような。
おれが首をかしげていたら「だから四伯おじさんはモテないんだよ。乙女心は繊細で複雑なんだから」とあきれられた。
しかしこれから戦いに臨むという時に、モリモリ牛丼を五杯もたいらげる乙女のどこが繊細なのだろう?
おっさんは理解に苦しむ。
◇
週末、時刻は午後の九時半をまわったところ。
夜の廃校に集まっていたのは五名。
今回の立ち合いの発起人であるおれこと尾白四伯。
対戦者である洲本芽衣と出灰桔梗。
勝負の検分役の孤斗羅美。
トラ美に関してはおれが頼んだ。きっと激しい戦いになる。もしものときには二人の間に割って入り止められるだけの実力者が必要だと考えた。
でもって残る一人はタエちゃんこと白妙幸である。
タエちゃんは出灰桔梗がゲストとしてわざわざ招待したらしい。
ふつうならば困惑しそうな状況にあるというのに、白妙幸は仏頂面にて出灰桔梗に向かって「おまえは昔から変わらねえ。あいかわらずめんどうくさい女だ」と悪態をつくのみ。
金髪リーゼントからにらまれた当の才媛は「ええ、私はめんどうな女なのです」とくすり。
ざっと一同の自己紹介を済ませてから、おれが今回の立ち合いについてのルールを説明する。
「戦いは校舎内にて行うこと。あー、ちゃんと許可はとってあるから破損は気にしなくていい。存分にやってくれ。どうせ解体予定の建物だから。
でもって、これ以上はマズイと判断したときには、発起人の権限にて介入させてもらう。
あと立ち合いの時間は午前零時まで。延長はナシだ。
開始は十時ちょうどとする。爆竹を鳴らす、それが合図だ」
説明を聞き終えた芽衣と桔梗の各々は校舎内へ。
適当なところに陣取り二人は戦いの気運を高めながら合図を待つ。
ボストンバッグを担いでいる桔梗。おそらく中には扮装セットが入っているのだろう。彼女はあくまで禍つ風として今回の戦いに臨むようだ。
一方で芽衣はジーンズに茜色のスウェットパーカーというラフな格好。「ちょっとそこのコンビニまで」といったいでたち。
「ほぅ、常在戦場とはさすがだな」
トラ美がうんうん感心しているけど、それはタヌキ娘を買いかぶりすぎである。
二人の姿が見えなくなったところで、おれたちは昇降口辺りに待機して戦いの行く末を見守ることにする。
◇
開始までにはまだ少し間がある。
おれはタバコに火をつけつつ、検分役とゲストに話しかけた。
「で、トラ美とタエちゃんはこの勝負、どうみる?」
トラ美は「そうだねえ」とアゴに手あてつつ「あたいは芽衣のチカラは知ってるけど、あっちの子はよく知らないからねえ。でも狐崑九尾羅刃拳のかなりの遣い手なんだってね。伏見の道場の秘蔵っ子って話じゃないか。とはいえ実戦経験の差がどうでるか」
うなづきつつもタエちゃんが気にしたのは場所のこと。
「でも地の利は桔梗にあると思う。死角の多い夜の建物内はきっと狐崑九尾羅刃拳との相性がいいはずだ。なぁ、もしかして尾白さんは勝負のバランスをとるために、わざとここを選んだのか?」
タエちゃんの言葉におれはにやり。
狐崑九尾羅刃拳は予備動作なしから最速技を放つを身上としている。
かまえなく、音なく、防御なく、ただ風となり攻めあるのみ。
古い歴史を誇る流派にて、時代によっては警護や暗殺などを生業としていたこともあるとかないとか。
実際に禍つ風と対峙し、あの身のこなしを目の当たりにした経験から、おれは本当かもと考えている。
それを踏まえて今回の舞台を整えた。
出灰桔梗の胸の奥に燻り続ける火種。
てっとり早く火を消すには強引に踏み消すか、より強い火勢で燃やし尽くしてしまうか。
彼女の場合は積年の鬼火種。中途半端はかえって大火災になりかねない。
そんなわけでキツネのお嬢さまにはガッツリうちのタヌキ娘と戯れてもらうことにした。
芽衣にとってもきっといい経験になるだろう。
そうこうしているうちに時間がきた。
おれは爆竹の導火線にタバコの火を押しつけると、そいつを投げた。
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