159 / 1,029
159 裏千社
しおりを挟む出灰竜胆の一人娘、桔梗。
その才媛ぶりのウワサならばおれも知っている。
かといって面識はない。
というかそもそもの話、いいところのお嬢さんと得体の知れない場末の探偵とでは接点が存在しないのだ。
高月という同じ土地に暮らしているとはいえ、生活圏も行動する時間帯も動線もまるで異なる。そんな両者が街中にて偶然すれちがうことはあれども、互いを認識するような奇跡はまず起きない。そんなのはドラマか少女マンガの世界だけでのこと。
ではそんな桔梗お嬢さまが、どうして夜な夜な街へとくり出しては強者狩りに勤しんでいるのか?
母親である竜胆の見解はこうだ。
「まぁ、私にも覚えがありますから。ある程度、武術を収めるとどうしたって疼くものなのです。自分の武がいまどれほどなのか? 己の拳が、身につけた狐崑九尾羅刃拳がどれほど世間に通用するのか? などと考えてつい確認したくなるもの」
狐崑九尾羅刃拳。
古くからキツネたちに伝わる武術。まるで伝説の傾国の美姫、九尾のキツネのごとく、手が九本もあるような疾風怒涛な攻めが特徴。
トラ美こと孤斗羅美が遣う滅爛虎慄紅武爪術はパワー型の剛の拳。
タヌキ娘の芽衣が遣う狸是螺舞流武闘術は速さと強さを兼ね備えたバランス型の柔剛の拳。
一方で一切のかまえや防御を排除し、攻めの速度にのみ特化したのが狐崑九尾羅刃拳なのである。
出灰家では婦女子の嗜みとして茶道や華道やお琴を習わせるかたわら、祖母から母へ、母から娘へと代々伝授されているだけでなく、京の都は伏見にある道場にも定期的に通わせている。
「うちの桔梗は親の欲目を抜きにしても相当の才を持っているようです。だからでしょうか。余計に試してみたくなったのかもしれません。名刀を手にすれば斬れ味を試したくなるのが人情というもの。
もっともこの手の熱は麻疹みたいなものですから。放っておいてもじきに勝手に飽きて冷めるだろうと、経験上から様子見を決め込んでいたのですが」
そこに起こったのが昨夜のから騒ぎ。
個々の案件ならば笑って見過ごせたのだが、警察まで巻き込んでの大乱闘となれば話が少しばかりちがってくる。騒動がちょっと大きくなり過ぎてしまった。
そろそろ火消しをしないと収拾がつかなくなる。
「だから早急に手を打ちました。関係各所にはすでに根回し済みですし、警察への被害届もすぐに取り下げられるでしょう。あとは……」
「あとは? まだなにかあるのか」
「ええ、むしろこれが一番肝心なところです。いくら火消しをしたとて、根本となる火種を始末しないことには、ずっと燻り続けることになりますから」
「火種というと……、この場合は娘さんになるのかな?」
「ええ、私も当初はてっきりただの腕試しの類かと思っていたのですが」
単に強い者と戦いたい。自分の強さを確かめたい。
というだけではないらしい。なんら確証があるわけではないが、母親の勘がピコンとそう告げている。
柳眉を寄せて力説する出灰竜胆。
「そんなに気になるのなら直接本人に訊けばいいだろうに。それこそ血を分けた母娘なんだから」
おれが嘆息すると「やれやれ」と出灰竜胆から艶のあるタメ息を返された。「尾白さんはちっともわかっておられませんね。年頃の娘の気難しさを。プライベートに土足で踏み込んだら、たとえ敬愛する母親であろうともたちまち嫌われてしまうじゃありませんか」
自分で自分のことを「娘に敬愛されている母親」と豪語。すごい自信だ。
でもって話の着地点がまるで見えてこない。あれ? 気のせいかな、さっきから家族間の問題を延々と聞かされているだけのような……。
けれどもグチだけで「はい、おしまい」と解放されるわけもなく。
「そういう次第ですので、尾白さん。きちんと責任をとって下さいませ」
おれが流したニセ情報のせいで騒ぎが大きくなった。
そのせいでシレっと軟着陸させるつもりだったのが、強行着陸をするハメに。
余計なマネをしてくれた罰として嫌われ役をしろ、とのご無体をおっしゃる出灰竜胆。
とどのつまり「娘の本心を聞き出し、可能であれば対処しろ」ということ。
ちなみに断るという選択はない。これは強制ミッションである。
にしてもヒドイ話だ。自分が娘に嫌われたくないからって、汚れ仕事を探偵に押しつけるとは。いくらおっさんでも若い娘に嫌われるのは、けっこうつらいというのに。
まぁ、せめてもの救いは、依頼を達成すれば成功報酬を払ってもらえることぐらいか。
◇
出灰竜胆とのモーニング会合が終わったので、おれは駐車場へと戻る。
合流しカラス女のクルマにて自分の事務所まで送ってもらう道すがら。
「禍つ風の正体、そっちはいつ知らされたんだよ」
おれの言葉に安倍野京香は「昨夜だ」と素っ気ない。「何にせよ、伏見の裏千社が動いた以上、この件は手打ちだ。まったく、あの女狐め。娘かわいさでとんでもないカードを切りやがった」
裏千社。
京の都は伏見稲荷に居を構える組織。高位の稲荷や妖狐を上位に戴き、キツネどもを従えている。とはいっても支配しているのではなくて、加護を与えてかわいがっているといった側面が強い。眷属を守る互助会のようなもの。
ただし怒らせたら怖い。全国の稲荷とキツネどもが牙をむく。その影響力は津々浦々にまで浸透しており絶大。あっという間に干される。
「うちとしては街が静かになってくれさえすれば何でもかまわないが、四伯はとんだ貧乏くじを引いたみたいだな。せいぜい気張れよ」
カラス女が珍しく励ましてくれている。
それを聞き流しながら、おれは内心で頭を抱えていた。
乙女の胸のふくらみ。その奥にある秘密の扉の開け方なんて、おっさんは知らない!
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
キャラ文芸
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
仮病の姫君と謀りの許婚者 〜七惺国公主伝〜
いちごだいふく
キャラ文芸
「賭けましょう―。半年後、貴女は私を好きになる」
事件の真相を追う為、身分を偽り下級役人として働く公主・紫水。だが兄・秦王の腹心である星卿の策略により、突然現れた許嫁との同棲生活を余儀なくされる。
成景と名乗るその男は、紫水の秘密を知った上である提案をする。
友人の恋と宮廷の陰謀、そして復讐―。
ひとりの公主の人生と、宮廷が大きく動く春が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる