おじろよんぱく、何者?

月芝

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155 スキル馬耳東風

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 芽衣の悪い予感が的中した。

 高月東高校には名物教師が多数在籍している。
 厳しくも愛ある指導に定評がある、教育ひと筋うん十年、オールドミスな頼れる教頭先生。
 だるまがパンチパーマをかぶったような容姿で、おおらかな母性にて生徒たちの健康を守る保険医の安満中あまなかさん。
 おっとり美人で学校の内外にて人気がある国語教師の芝生綾しぼあやちゃん。
 と、まあ、ここまではいい名物。
 しかし残念なことに光があれば影が存在するもの。
 教育者とていろんなのがいる。全部が全部、当たりというわけではない。
 でもって、そのハズレの筆頭が体育教師の田島健介たじまけんすけ
 ゴリゴリ、角刈り、赤ジャージ姿の熱血先生で柔道部顧問も務めている。そんな彼の正体は黒ウシ。直情的かつ短絡的で思い込みが激しく惚れっぽい。そしてウシのくせして馬耳東風スキルを標準装備している男。
 おかげで上司である教頭先生は頭を悩ませているし、同僚の教師たちは苦笑い。生徒にいたっては大半が「暑苦しい」「うっとうしい」「うざい」「距離感がおかしい」と散々だ。
 けれども柔道六段の腕前は本物にて、指導者としてはそこそこ優秀。
 おかげで高月東高校の柔道部はここのところ出る大会、出る大会で好成績を収めている。

 そんな田島が手塩にかけて育てている生徒たちが襲われた!
 しかも四対一でボロ負けしたうえに、危ないところを金髪リーゼント娘に助けられるという屈辱のオマケつき。
 幸いなことに奇禍に遭った生徒たちはたいしたケガこそ負ってはいないものの、被害の大小なんぞは問題ではない。
 問題なのは自分の愛弟子たちがやられたという事実!
 これに激怒したウシ男。
 もともと薄かった教師としての自覚がたちまち霧散して、あとに残ったのは「きっと仇を討つ」という強い想いのみ。
 田島はとにかく熱い男。そして思い込んだら一直線。興奮して走り出したウシはちっとやそっとでは止まらない。
 ゆえにさっそく有志をつのって自警団を結成。不心得者を取り締まるべく動き始める。
 取り締まるとの建て前だが、ボコる気まんまん。
 だがしかし、いまのご時世、ましてや教師という立場にてそんなバイオレンスなマネが許されるわけがない。
 だから職員室にて「いけません!」と教頭先生はダメな部下をキツク叱りつける。
 が、ここでヤツの馬耳東風スキルが発動。
 いい歳をした男がムクれて、つーんとソッポを向く。
 あげくにウシ男は「この怒り、悲しみ、悔しさは、しょせん女にはわからないのです」と逆切れ。女性陣がピクっとこめかみに青筋を立てるような失礼な発言をして同僚たちから大ヒンシュクを買いつつ、教頭先生の制止をムシしてドスドス足音を響かせながら出て行ってしまった。

「まずい、まずいわ。教師が鉄拳制裁リンチとか、かっこうのワイドショーネタになってしまう。学校にまで取材が押しかけたら生徒たちにも迷惑が。
 あぁ、なんとかして田島先生の愚行を止めないと。
 でもあのバカ、私の言うことなんてちっとも聞きやしない。こんなときに限って校長先生は出張だし。どうしていつも私ばっかりがこんな目に……。一度、北の天神さまでお祓いをしてもらうべきかしらん」

 ぶつぶつ文句を言いながら教頭先生が職員室内をちらり。
 しかし居合わせていた先生方はみな一斉にサッと目をそらした。
 それを見て「はぁ」と深いタメ息をついた教頭先生。誰も頼りにならない。
 ならば……。

「こうなったら仕方がありません。またあの人を頼ることにしましょう」

  ◇

 うちの助手である芽衣がお世話になっている高月東高校。
 そこの教頭先生から奇妙な依頼が入った。

『身内の恥をさらすようで恐縮ですが、かくかくしかじか。どうか田島先生の暴挙を止めて下さい』

 復讐鬼と化した暴走ウシ男を捕獲せよ。
 我が尾白探偵事務所、創設以来、ぶっちぎりのくだらなさ。とんでもなく阿呆なミッションである。
 そんな依頼を出さねばならない教頭先生の心労を推し量って、おれは目頭が熱くなった。

「あんな生徒想いのステキな熟々女の御手を煩わせるとはな。アホウシめ、まったくもってうらやまけしからん!」

 憤慨しつつおれは愛用のジャケットを羽織ると事務所を出た。
 アホウシを捕獲するにしても、それなりの準備がいる。
 なにせ興奮して鼻息も荒く暴走するウシを正面から止めるのは至難の技。
 わりかし顔の広いおれだが、あいにくとカウボーイの知り合いはいない。たまにカウガールのコスプレで店に出ているお姉さんならば知っているが。
 そこで罠を張ることに決めた。
 罠と言っても実際に穴を掘ったり、トラップを仕込んだりはしない。
 おれが張るのは情報の罠。
 なぁに、簡単な話だ。アホウシの耳にニセ情報を入れて、誘い出すだけのこと。
 夜の巷にてむさい男の尻を追いかけ回すのなんてまっぴらごめん。
 だから向こうから来てもらうことにする。

「はてさて、どこか都合のいい場所があったかなぁ」


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