おじろよんぱく、何者?

月芝

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154 禍つ風とヘビ

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 向かい合った禍つ風とタエちゃん。
 先に動いたのはタエちゃんである。

「先手必勝!」

 女性にしては長身で細身な彼女は、手足もすらりと長い。
 その圧倒的なリーチを活かし放たれたのは右の突き。くり出された槍の穂先のように鋭い。
 これを後方に下がりかわそうとした禍つ風であったが、その時である。
 タエちゃんが腰を入れて踏み込むことで、さらに手元でグンとのびた!
 のびが尋常ではない。肘から先がロケットで打ち出されたかのように加速して、掌底が向かったのは禍つ風の頭部。
 フルフェイスのヘルメットへの攻撃に躊躇いはない。だからとて自分が傷ついていいとタエちゃんは考えていたわけではない。むしろ逆であった。わざわざそんなシロモノをかぶってまで正体を隠しているということは、何があっても顔を見られたくないということ。
 であれば顔面への攻撃をイヤがるはずだとにらんだ。
 タエちゃんの読みは当たる。
 掌底は空を切るも、禍つ風はより大きな動作にての回避行動。
 けれどもその足下にシャーッと素早く忍び寄る影があった。タエちゃんの左のローキック。長い足が鞭のようにしなる。地を這いながら狙うのは膝の関節。本当は足首のくるぶし当たりを狙いたかったのだが、あいにくと相手はブーツをはいている。効果はあまり期待できない。
 とはいえ膝に蹴りがモロに決まればいっきに機動力を奪われてしまう。
 だからこれを受け流そうとした禍つ風であったが、その動きが途中で止まる。
 それを成したのは妙ちゃんの右手。空ぶった掌底、腕を引き戻しがてら手首を返すことにより相手の肩をがっちり掴んでいたのである。
 柔道でいうところの奥襟に近い場所を抑えたタエちゃん。
 通常、これほど密着状態にあればたいした蹴りは放てない。
 けれども彼女には長い手足がある。やたらと深い懐ゆえに生まれるスペースがそれを可能にする。
 対して掴まれた方の攻撃はろくすっぽ届かない。

 掌底、掴み、蹴り、場合によっては投げへと移行するであろうヘビ女の連続攻撃。

 完璧に捉えた! 蹴りが膝へと当たる。
 手加減はしていない。タエちゃんはそれこそへし折るぐらいのつもりであった。
 だがしかし、たしかに当たったというのにまるで感触がしない?
 振り抜かれた左のローキック。横薙ぎの一閃。
 ふわりと浮かんだのは禍つ風の身。
 蹴りの威力を利用しつつ、がっちり掴んでいたタエちゃんの腕を軸にして風車のように回る。
 あまりにも自然に、あまりにも軽やかに、それこそ重さをまるで感じない。
 見惚れるほどに優雅な動作。
 だがそこに潜む凶悪さを察知し、とっさに掴んでいた手を離したのは、タエちゃんならではの反応の良さであった。
 もしもあのまま掴んでいたら、ネジ切られて右腕を完全に破壊されていたであろう。

 刹那の攻防が終了し、ここでいったん間合いが開く。
 仕切り直しである。
 両者の胸元が上下し呼吸を整えつつ、ふたたび動き出そうとした矢先のこと。

「きゃーっ!」

 耳をツンざく、サイレンのごとき高音。
 橋架下のコンクリートにキンキンとよく響く。
 叫んだのは、たまさかイヌの散歩中に乱闘現場に遭遇してしまったどこぞの主婦である。
 それも一人ではなくてペット仲間同士の寄り合い所帯だったもので、騒ぎがたちまち大きくなっていく。
 すっかり気勢を削がれたタエちゃんが「げっ、まいったなぁ。おい、どうするよ?」とふり返ったときには、すでに禍つ風の姿はどこぞの失せていた。

  ◇

 翌日の高月東高校にて。
 右腕を三角巾で固定された姿であらわれたタエちゃんに、芽衣とミワちゃんが心配してつめ寄る。
 タエちゃんの口より、昨日たまさか東高校の柔道部員たちが襲撃されている現場に遭遇して、流れで禍つ風とやり合った経緯を聞いて、二人はたいそう驚く。

「べつにたいしたこっちゃねえよ。ちょいと関節を決められて筋を軽く痛めちまっただけだ。三日もすれば完治するって光瀬先生も言ってたし」

 腕のケガ自体はたいしたことない。だが……。
 周囲に自分たち以外に誰もいないことを確認してから、タエちゃんがちょいちょいと二人を手招き。
 自身の制服の胸元をちらりとしてみせた柔肌には、丸いアザが三つ。
 ひとつひとつはピンポン玉程度の大きさにて、痛みもさほどではない。 
 けれどもこれをつけられたタイミングこそが問題なのである。

「激しく応酬をしている間にやられたみたいなんだけど。まるで見えなかった」

 タエちゃんはリーチがある分だけ懐が深い。
 その彼女に気づかれることなく打撃を加える。それも戦いの最中にである。
 一撃の威力はさほどではない。だが恐ろしく速い。
 たぶん暗がりと黒い衣装による視覚効果を巧みに利用しているのだろうが、それを差し引いても相当なもの。
 一切の予備動作なしに、そんな拳を連打できる。
 もしも至近距離でぶっ放されたら圧倒的な手数に押し切られるのは必定。
 話を聞いて「ふーん」と芽衣。

「もしも途中で邪魔が入らなかったら勝てた?」とのタヌキ娘からの問いには「さあな」と素っ気ない返事をするタエちゃん。「あの分だとまだまだ奥の手を隠していそうだし。なんにせよ、めんどくせえ相手なのはたしかだ。ただ……」

 何かを言いかけたタエちゃんはそれきり口をつぐんでしまう。
 武闘派同士の会話には門外漢であるミワちゃんは不思議そうに小首をひねるばかり。一方で芽衣が懸念していたのは、べつのこと。

「しかしよりにもよって柔道部員か……。なにやらイヤな予感がする」


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