おじろよんぱく、何者?

月芝

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150 白薔薇の君

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 高月の地にはかつて四つの高校があった。
 まるで四方を守るかのようにして東西南北の方位を冠していた学び舎たち。
 しかし時代の変遷と少子化の影響にて、現存しているのは東と南の二校のみ。

 高月東高校。
 生徒の自主性を重んじるという建前のもとのゆるい校風。体育と美術と音楽が選択制にて苦手なことを無理強いしない。それでいてそこそこの進学率を誇り、部活動も盛ん。市内および近在から青春を謳歌したい若人が集っている学び舎。
 ちなみに男子はむっさい黒の学生服で、女子はセーラー服である。
 なおセーラー服のスカーフは一年生が白、二年生が青、三年生が赤となっており、とっても華やか。

 高月南高校。
 市内のみならず近隣にいるちょっと頭のいい子らがこぞって入学するバリバリの進学校。東と同じく生徒の自主性を重んじる校風ながらも、その中核にあるのは律の精神である。
 律の精神とは「守るべきは守りつつ、許される範囲内にて自由を楽しむ」というもの。
 制服は男女ともにブレザー。女子生徒のみ学校指定のおしゃれなカーディガンを持つ。

 この二校、仲は可もなく不可もなく。
 べつに張り合っているわけでもなければ、反目しているわけでもない。かといって格別仲もよろしくはない。生徒らの個人的なつき合いはあるものの、それとても生活圏のズレから目立ったものではない。
 けれどもそんな両校がガッツリ交わるのが伝統の交流戦である。
 いろんな種目にて代表同士を競わせて、切磋琢磨しつつ親睦を深めようというお祭り企画。
 四校が揃い踏みしていた時代には華やかなりし一大イベントであったが、それも昔のこと。いまでは球技大会の延長で、体育祭よりちょい下ぐらいのあつかい。
 それでも延々と続けているのは、なまじ伝統の数字がかさんでいるから。

  ◇

 本日はお日さまサンサン、絶好の運動日和。
 ところは高月南高校の校庭。
 壇上にてにこやかに挨拶をしているのは、黒の艶髪にエンジェルリングが浮かぶ、正統派美少女。

「本日は天候にも恵まれ、第三十九回交流戦を迎えられたことをうれしく思います」

 よく通る声である。聞く者の耳を惹きつける天分の才があるのか、いつもはガヤガヤとにぎやかな東高校の生徒たちもおとなしく拝聴している。というか男子どもの大半はヨダレも垂らさんばかりに見惚れている。
 この周囲の状況に「さすがだわ。南の白薔薇の君」とミワちゃんこと山崎美和子が小声でぽつり。

「しろばらのきみ?」

 すぐ前に並んでいた芽衣が小首をかしげる。

「そう、彼女こそが南校はじまって以来の才媛との誉も高い、出灰桔梗いずりはききょうさん」

 受験の成績は歴代トップであったのみならず、入学後もぶっちぎり。
 先代が自ら身を引き譲る形にて、一年生にして生徒会長に就任。
 たちまち校内を掌握し、津々浦々にまで浸透させたのがやや形骸化していた律の精神である。
 もちろん「生意気だ!」と反抗する一派もあったが、それらを正面から論破、ときに蠱惑の笑みにて篭絡、あるいは懐柔、親愛、心胆寒からしめ、わずかな時間にて一掃を完了。己が地盤を盤石とする。

「とにかくすごい支持率なんだって。信奉者たちが立ち上げた親衛隊もいるんだとか」

 まるでマンガかアニメの中から飛び出してきたキャラクターみたいな完璧超人。
 加えてあの呉服店「阿紫屋」の一人娘で家柄も良くてお金持ち。
 二物も三物も天より与えられて、神さまからこれでもかと贔屓されまくっている美少女。
 人呼んで白薔薇の君。
 ミワちゃんの説明に「あっ! 誰かに似ていると思ったら、あの竜胆さんのところの……。なるほどねえ、納得のべっぴんさんだ」と芽衣もうんうん。
 駅向こうの高月城北商店街にて呉服屋を営む一方で、商工会議所の会長も兼任しているだけでなく、キツネの一門も率いており、高月の地では絶大な影響力を誇る美貌の女傑。それが出灰竜胆というお人。尾白探偵が苦手としている人物のうちの一人でもある。
 芽衣とミワちゃんがひそひそ話。「けっ」と面白くなさそうな顔をしたのはミワちゃんのうしろに並んでいたタエちゃんこと白妙幸である。

「なぁにが白薔薇の君だよ。あいかわらずスカしやがって。いけ好かない女だぜ」

 金髪リーゼントという見た目こそはヤンチャだが、面倒見が良く、マジメに学校には通うタイプの不良であるタエちゃんが、いつになく悪態をつく。
 彼女がこんな風に誰かの悪しざまに罵る姿は非常に珍しい。
 芽衣とミワちゃんからじーっと見つめられたタエちゃん。
 無言の「なんで? どうして?」攻撃を受けて早々に降参したタエちゃんがしぶしぶ白状したところでは……。

  ◇

 小学生時代の頃、かつて二人は同級生だったことがある。
 いかにも男勝りで荒くれ者といったヘビ女と、楚々としたお嬢さまであるキツネ女。
 対照的な二人が仲良くなれるわけもなく、ことあるごとに反目し合うことになるまで、たいして時間はかからなかった。
 こうなると自然と産まれるのがクラス内派閥。
 しかしせっせと自分の周囲を固めるキツネ女とはちがって、ヘビ女は来るもの拒まず、去る者追わずの姿勢を貫く。ぶっちゃけタエちゃんは「小さい世界で上だの下だのと、くだらねえ」と思っていた。
 結果、タエちゃんは孤立することになるのだが、それでもへっちゃら。
 この状況にイラ立ち、先にキレたのがキツネ女である。
 自分がコツコツがんばっているというのに、そんな自分を嘲笑うかのようにしてひょうひょうと過ごしている白妙幸に、心底腹を立てた。
 かといってイジメなんてしようもないマネはしない。
 かわりに行ったのはよもやの決闘である。
 お嬢さま然としていた桔梗、じつは内面は超負けず嫌いの塊みたいな女だった。
 そして華奢な見た目に反して強かった。
 決闘の結果は引き分けに終わる。
 で、少年マンガとかならば友情が育まれてめでたしめでたしの展開になるのだが、現実はなかなかそうはいかない。
 ボコり合った結果、両者の溝はますます深まり、時間を経るほどにずんずん広まる始末。
 出灰桔梗と真正面からぶつかり合ったからこそわかる、あの女の本性。
 それを知る数少ない人物であるがゆえに、先ほどのタエちゃんの「けっ」なのであった。


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