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149 辻斬り
しおりを挟む月のない夜だった。
時刻はそろそろ十時になろうかという頃。
高月市内某所にある廃ビルにてたむろしていたのは、イタチが化けている若者たち。ファイトクラブを経営する半グレ集団「ウインドサイズ」のメンバーら。
一時期はやりたい放題であったが、若者特有の無謀さと調子乗りにていささかやんちゃが過ぎ、あわや裏社会の本格派たちにシメられる寸前までいく。
そこを尾白探偵と高月警察署の女刑事である安倍野京香と関わりどうにか難を逃れ、いまでは裏の連中の面目を潰すことなく、堅気の衆にもあまり迷惑をかけない範囲にて健全? に活動中。
彼らが陽気に歌と踊りを交えてラップバトルに興じていると、カランカランと暗闇の向こうから転がってきたのは空き缶。
せっかくノリノリだったところを邪魔されて、メンバーのうちの一人がぶつくさ文句を言いながら空き缶を拾おうとする。
だが、床に落ちた缶へとのばした手がそれを掴むことはなかった。
かわりに彼はドサリと倒れて動かなくなる。
べつのメンバーが「どうしたんだよ。性質の悪い冗談はよせよ」と近づくと、白眼を向いて泡を吹いて昏倒している仲間の姿があった。
直後のことである。
暗闇からにじみ出るようにあらわれたのはライダースーツ姿。
黒のフルフェイスのヘルメット。黒のライダースーツ。黒いブーツ。腕には黒い手甲をはめている。
胸元の膨らみと腰のくびれ、すらりとした立ち姿から女性だと思われるが、顔は隠れており正体はわからない。
「何もんだてめえっ! オレたちがウインドサイズと知ってケンカを売ってんのかよ」
メンバーのうちのリーダー格が吠えるも、襲撃者は無言のまま。ただゆらりと無防備に近づいてくるばかり。
ウインドサイズとてファイトクラブなる賭場を経営しているのは伊達ではなく、それなりに腕に覚えありの荒くれどもが集っている。
だからすぐさま臨戦態勢をとった。だが……。
闇の中を影が駆ける。
頬を撫でるようなやさしい風が吹く。
次々と倒れていく仲間たちに目をむくリーダー格の若者。
「なんだ、いったい何が起きていやがる?」
その耳がかすかな気配を感じて、とっさに右腕をあげたのはさすが。
しかしそれは同時に不幸でもあった。ビキリと骨が軋む音がして痛みが生じる。なまじ一撃をふせいだがゆえに腕を一本持っていかれてしまったのである。
そして直後に左から衝撃を喰らって、意識を刈り取られることになった。
十一人いたウインドサイズのメンバーたちが立っていられたのはものの一分足らず。
全員が何もさせてもらえないまま倒されてしまう。
黒のライダースーツの襲撃者がつぶやく。
「しょせんは半端者の集まり……。この程度か」
それは落胆の声。
倒れ伏した面々を一顧だにすることなく、襲撃者の姿は闇にかき消えた。
◇
全員がクマの化けた人間で構成されている草野球チーム「リアルベアーズ」のメンバーらが、試合後に打ち上げをしていたときのこと。
メンバーのうちの一人、ヒグマの玄が「おっとタバコを切らした。ちょっと買ってくるわ」と席を立つ。
本日は三打席二安打にて、うち一本はホームラン。外野の守備でも長打コースの当たりをうまくさばいてゲッツーをとるなど大活躍。ゆえに玄はたいそう機嫌がよかった。
居酒屋を出てすぐ近くにあった自動販売機へ行くも、あいにくとお目当ての銘柄が売り切れ中。そこで少し離れたところにあるコンビニへと向かうことにする。
路地裏を抜けて近道をしようとした玄の足がピタリと止まった。
背後からむき出しの殺気をぶつけられたからである。
ゆっくりとふり返った玄の前にあらわれたのは黒いライダースーツの女。
「ずいぶんと剣呑だねえ。まるで抜き身の刃じゃないか。あいにくと女に恨まれる覚えはからきしなんだが、おいらになにか用かい、お嬢ちゃん?」
玄の言葉には答えることなく駆け出したライダースーツの女。
襲撃と悟った玄は、すぐさま構えをとる。彼は獣空手の有段者であった。
獣空手とは、人間に化けている動物用に改良された空手のこと。流派は多く、動物界ではもっとも広く普及している武術のひとつ。
クマが化けている玄。得意なのは蹴りよりも徒手。
強靭な前肢の膂力を活かした正拳突きは、シンプルで地味だがそれゆえにもっとも実戦的な技でもある。
突き出された拳が襲撃者の胸部をとらえる。
けれども当たったとおもった直前に、襲撃者の姿がかき消えた。
続けて足の膝蹴りを放っていたのは、てっきり相手がしゃがんで正拳突きをかわしたとおもったから。だがちがう。膝蹴りも空振りに終わる。
視界から敵が消えたことに狼狽する玄。さほど幅があるわけじゃない路地裏の一本道。姿を隠す場所などどこにもないというのに。
「ばかな、どこにいった」
キョロキョロと視線を彷徨わせていた玄がギョッ!
消えた襲撃者が壁に張りついていたからである。よくよくみれば壁からわずかばかりに突起している部位を指先で摘まんで、全体重を支えているではないか。
まるで彼女の周囲だけ重力が失せたような状況。
それすなわちあのライダースーツの中には、異次元の動きを可能にするだけの膂力が内包されているということ。それも全身レベルで。
驚愕しているうちに背後をとられた玄。あわててふり返ったところで腹部にて何かがはじけた。まるで近々にて散弾銃でもぶっ放されたような衝撃。
受けることも逃すこともかなわず、そんなシロモノをモロに喰らってしまった玄は、膝から崩れ落ちた。
倒れて動かなくなった相手を見下ろす黒のライダースーツの女。
感触を確認するかのように、手の指を開いたり閉じたり。
「クマは打たれ強いと聞いていたが、それでもこの程度か」
そんなつぶやきは闇に溶けて姿とともに消えた。
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