おじろよんぱく、何者?

月芝

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148 こどくなやつ

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 開けられないのならば、中身だけシェイクして壊してしまえ。
 乱暴な思いつきのもと、タヌキ娘の拳にてねじ伏せ……もとい解決された洋館の怪異事件。

「あー、そういえばそんな依頼もあったよね。あっはっはっ」

 と笑えるぐらいには日数が経ったある週末の昼下がり。
 おれと芽衣がオリンピック代表の選考を兼ねた女子マラソンの大会をテレビで応援していたら、事務所の電話が鳴った。

「はいはい、こちら尾白探偵事務所です」

 受話器をとった芽衣が応対。三言ばかり言葉を交わしたのちに、おれへと受話器を差し出す。
 相手は国税局八番課に所属する女陰陽師の車屋千鶴であった。
 何ごとかとおもえば、ご丁寧にも例の件の事後報告を寄越してきた次第。

  ◇

 洋館の地下で発見された大金庫の処遇について。
 依頼人と車屋千鶴が協議の結果、八番課の方で回収することに決まった。
「気持ち悪いからなんとかしてくれ!」という依頼人の意向と「中身がちょいと気になる」という役所側の考えが合致。
 それにいったんは怪異がおさまったものの、放置しておいたらまたぞろ悪さをするかもしれない。とかく怪異は不可思議で理不尽なものなのだ。
 で、工具やら重機のチカラにて強引に封印された金庫の扉をこじ開けたら、出てきたのは砕けた人骨が入った桐の箱がひとつきり。
 形状やら歯などから頭蓋骨であることは一目瞭然。
 ふつうであればそいつを供養しておしまい。
 けれども国税局八番課は基本的にふつうではないことに対応する部署であるがゆえに、「せっかくだから復元してどんな面か拝んでみようぜ」となる。
 復元といっても、昔みたいにパズルをちくちく組み立てて、そこに粘土で肉づけなんてことはしない。
 いまどきは粉々になった骨をスキャンしてデータに取り込み、あとはコンピューターまかせにて、結果を待つばかり。

「で、三日ほどで解析は完了したんですけど。尾白さんたちも復元された画像をちょっと見てもらえますか」

 車屋千鶴から芽衣のスマートフォンへと画像が送られてきたので、探偵と助手が二人して小さな画面をのぞき込む。
 するとそこには何やら見覚えのある歴史上の人物の姿が……。

「えーと、鳴かぬなら殺してしまえ、でしたっけ?」と芽衣。

 もっとも名前が知れ渡っているであろう戦国武将。人気ランキングでもつねに上位に位置している人物。
 復顔の画像におれは目が点になっている。
 あー、そういえばあの人の首って、見つかっていないんだったっけか。
 どういった経緯にてあの洋館の地下へと辿り着いたのかはわからない。だが、よもやの歴史的大発見っ! 尾白探偵事務所に取材が殺到して一躍時の人にっ!
 ううん? いや、ちょっと待て。いったん冷静になれ、尾白四伯。
 よくよく考えてみればうちの助手ってば、そんなすごい品をパカンと粉砕しちゃったわけで……。
 自分が何をしでかしたのか気づいていないタヌキ娘はのほほんとしているが、おれはたちまち真っ青になる。
 電話口でこちらの異変に気がついたであろう車屋千鶴が急に声をひそめる。

「でも、うちとしては見なかったことにしてこのまま闇に葬るつもりです。理由はおわかりでしょう? そういったわけで尾白さんの方でもだんまりを決め込んでくださると助かるのですが」

 うかつに発表すれば、どうしたって国税局八番課が矢面に立つことになる。
 人外を相手にしている職務上、それはあまり好ましくない。
 それにうっかり壊したことがバレたら、絶対にあちらこちらからクレームの嵐。やいのやいのと責められて、吊るしあげを喰らうことになる。ネットでフルボッコとかかんべん願いたい。
 だったらいっそのこと何も知らない。見ザル、言わザル、聞かザル、でいこう。
 歴史ミステリーはミステリーのままに。未知は未知であるがゆえにロマン足りえる。見えそうで見えないからこそ、チラリは最強なのである。

「ということで関係者一同ここはひとつ運命共同体、一蓮托生ということで。墓場までしっかり配送をよろしく」

 との車屋千鶴からの申し出。
 おれに否はない。「もしもバレたらおれたちに明日はない」と告げれば、芽衣もコクコクうなづく。
 かくして歴史的大発見はなかったことにされた。
 そっと受話器を置いて、おれは嘆息。いろんな意味で心臓に悪い依頼だった。

「なるほど。こうやって一部の人間たちの都合によって、歴史は虫食いだらけになっていくのですね」

 フムフム独りごちているタヌキ娘に、おれは「ちがう」と言おうとしたがやっぱり止めた。
 ふと、「案外そうなのかもしれない」と思ってしまったからだ。
 なにせ世の中にはうっかりがあふれている。ウソや捏造も多いんだからその逆もしかり。
 案外、しようもない理由で未発表になっている事柄も多いのかもしれない。

  ◇

 尾白との電話を終えた車屋千鶴。
 すぐそばでやり取りの様子をうかがっていた上司が「問題なさそうか」と声をかければ「はい」との答え。

「尾白さんは何も勘づいていないみたいです。しかしいったいどこの誰があんなシロモノを造ったのでしょうか」
「さぁな、なんにせよ狂気の沙汰だ。戦国乱世を利用してあれほどの蟲毒を完成させるだなんて。こんなこととても公表なんて出来るわけがない」

 蟲毒。
 ひとつの入れ物の中に多数の生き物を飼育し、互いに共喰いをさせて、最後に残った一体の首を刎ね、これを呪の道具とする古の呪法。
 天下布武を掲げた男をあと一歩のところで殺すことで産み出された呪具。
 使われた形跡がなかったことがせめてもの慰めであったが、もしも使用されていたら後の歴史がどれほど歪められていたことか。
 いったいどこの誰が、何を目的として作成したのかはわからない。
 すべては歴史の闇の彼方へと……。


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