148 / 1,029
148 こどくなやつ
しおりを挟む開けられないのならば、中身だけシェイクして壊してしまえ。
乱暴な思いつきのもと、タヌキ娘の拳にてねじ伏せ……もとい解決された洋館の怪異事件。
「あー、そういえばそんな依頼もあったよね。あっはっはっ」
と笑えるぐらいには日数が経ったある週末の昼下がり。
おれと芽衣がオリンピック代表の選考を兼ねた女子マラソンの大会をテレビで応援していたら、事務所の電話が鳴った。
「はいはい、こちら尾白探偵事務所です」
受話器をとった芽衣が応対。三言ばかり言葉を交わしたのちに、おれへと受話器を差し出す。
相手は国税局八番課に所属する女陰陽師の車屋千鶴であった。
何ごとかとおもえば、ご丁寧にも例の件の事後報告を寄越してきた次第。
◇
洋館の地下で発見された大金庫の処遇について。
依頼人と車屋千鶴が協議の結果、八番課の方で回収することに決まった。
「気持ち悪いからなんとかしてくれ!」という依頼人の意向と「中身がちょいと気になる」という役所側の考えが合致。
それにいったんは怪異がおさまったものの、放置しておいたらまたぞろ悪さをするかもしれない。とかく怪異は不可思議で理不尽なものなのだ。
で、工具やら重機のチカラにて強引に封印された金庫の扉をこじ開けたら、出てきたのは砕けた人骨が入った桐の箱がひとつきり。
形状やら歯などから頭蓋骨であることは一目瞭然。
ふつうであればそいつを供養しておしまい。
けれども国税局八番課は基本的にふつうではないことに対応する部署であるがゆえに、「せっかくだから復元してどんな面か拝んでみようぜ」となる。
復元といっても、昔みたいにパズルをちくちく組み立てて、そこに粘土で肉づけなんてことはしない。
いまどきは粉々になった骨をスキャンしてデータに取り込み、あとはコンピューターまかせにて、結果を待つばかり。
「で、三日ほどで解析は完了したんですけど。尾白さんたちも復元された画像をちょっと見てもらえますか」
車屋千鶴から芽衣のスマートフォンへと画像が送られてきたので、探偵と助手が二人して小さな画面をのぞき込む。
するとそこには何やら見覚えのある歴史上の人物の姿が……。
「えーと、鳴かぬなら殺してしまえ、でしたっけ?」と芽衣。
もっとも名前が知れ渡っているであろう戦国武将。人気ランキングでもつねに上位に位置している人物。
復顔の画像におれは目が点になっている。
あー、そういえばあの人の首って、見つかっていないんだったっけか。
どういった経緯にてあの洋館の地下へと辿り着いたのかはわからない。だが、よもやの歴史的大発見っ! 尾白探偵事務所に取材が殺到して一躍時の人にっ!
ううん? いや、ちょっと待て。いったん冷静になれ、尾白四伯。
よくよく考えてみればうちの助手ってば、そんなすごい品をパカンと粉砕しちゃったわけで……。
自分が何をしでかしたのか気づいていないタヌキ娘はのほほんとしているが、おれはたちまち真っ青になる。
電話口でこちらの異変に気がついたであろう車屋千鶴が急に声をひそめる。
「でも、うちとしては見なかったことにしてこのまま闇に葬るつもりです。理由はおわかりでしょう? そういったわけで尾白さんの方でもだんまりを決め込んでくださると助かるのですが」
うかつに発表すれば、どうしたって国税局八番課が矢面に立つことになる。
人外を相手にしている職務上、それはあまり好ましくない。
それにうっかり壊したことがバレたら、絶対にあちらこちらからクレームの嵐。やいのやいのと責められて、吊るしあげを喰らうことになる。ネットでフルボッコとかかんべん願いたい。
だったらいっそのこと何も知らない。見ザル、言わザル、聞かザル、でいこう。
歴史ミステリーはミステリーのままに。未知は未知であるがゆえにロマン足りえる。見えそうで見えないからこそ、チラリは最強なのである。
「ということで関係者一同ここはひとつ運命共同体、一蓮托生ということで。墓場までしっかり配送をよろしく」
との車屋千鶴からの申し出。
おれに否はない。「もしもバレたらおれたちに明日はない」と告げれば、芽衣もコクコクうなづく。
かくして歴史的大発見はなかったことにされた。
そっと受話器を置いて、おれは嘆息。いろんな意味で心臓に悪い依頼だった。
「なるほど。こうやって一部の人間たちの都合によって、歴史は虫食いだらけになっていくのですね」
フムフム独りごちているタヌキ娘に、おれは「ちがう」と言おうとしたがやっぱり止めた。
ふと、「案外そうなのかもしれない」と思ってしまったからだ。
なにせ世の中にはうっかりがあふれている。ウソや捏造も多いんだからその逆もしかり。
案外、しようもない理由で未発表になっている事柄も多いのかもしれない。
◇
尾白との電話を終えた車屋千鶴。
すぐそばでやり取りの様子をうかがっていた上司が「問題なさそうか」と声をかければ「はい」との答え。
「尾白さんは何も勘づいていないみたいです。しかしいったいどこの誰があんなシロモノを造ったのでしょうか」
「さぁな、なんにせよ狂気の沙汰だ。戦国乱世を利用してあれほどの蟲毒を完成させるだなんて。こんなこととても公表なんて出来るわけがない」
蟲毒。
ひとつの入れ物の中に多数の生き物を飼育し、互いに共喰いをさせて、最後に残った一体の首を刎ね、これを呪の道具とする古の呪法。
天下布武を掲げた男をあと一歩のところで殺すことで産み出された呪具。
使われた形跡がなかったことがせめてもの慰めであったが、もしも使用されていたら後の歴史がどれほど歪められていたことか。
いったいどこの誰が、何を目的として作成したのかはわからない。
すべては歴史の闇の彼方へと……。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
高槻鈍牛
月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。
表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。
数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。
そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。
あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、
荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。
京から西国へと通じる玄関口。
高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。
あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと!
「信長の首をとってこい」
酒の上での戯言。
なのにこれを真に受けた青年。
とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。
ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。
何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。
気はやさしくて力持ち。
真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。
いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。
そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。
なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる