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139 消えた???を追え
しおりを挟む突然ですがクイズを出題。
じゃじゃん! 問題です。懐がヌクヌクになり、当面の生活の不安が無くなったとたんにぐうたらする生き物、これなーんだ?
答えは、尾白四伯である。
ここのところ続けて実入りがよく、すっかりホクホク。
こうなるとひょっこり顔を出すのが、おれの中に棲む怠け虫。つき合いは古い。こいつはいくらエサを与えてもゴロゴロするばかりで、ちっとも羽化して巣立とうとしない困った甘えん坊。
ソファーにて横になり、昼間っから缶ビールをグビグビしながら、ワイドショーをぼんやり眺める。「不倫問題とかどーでもいいわ」「いい加減に重箱の隅をつつくような揚げ足とりはやめようぜ」などとテレビに向かって独り言。
怠惰に過ごすうちに、ゆるやかに過ぎていく時間。世間のみんなが汗水垂らしてがんばっているのを尻目にぐーたら。なんという贅沢であろうか。
贅沢ついでに夕方になったら馴染みの店にくり出すとしよう。
そんなことを考えていたら事務所の電話が鳴った。
が、おれは無視する。当面、依頼を受けるつもりはない。これぞ自営業の醍醐味なり。
コール音が一分近くも粘るが、ついに諦めたらしく鳴り止んだ。
「やれやれ」
おれが新たな缶ビールのプルトップに指をかけたところで、今度は愛用のガラケーがぷるぷる震えた。
誰からかとおもえばカラス女からである。
こっちは出ないとさすがにマズイ。
おれは舌打ちしてから「もしもし」と応答。
「やっぱり居留守をかましてやがったか、この野郎。まぁいい。おい、四伯、とりあえずいますぐ道鵜町公園に来やがれ。大事な話がある」
一方的に告げて電話を切ったカラス女。
女から公園に呼び出される。しかも大事な話とくれば例のアレか!
とか、ふつうは考えるのだろうが、安倍野京香とおれこと尾白四伯という男女に限ってはありえない。たとえ地球上に二人きりとなったとて、一本残ったタバコを奪い合って殺し合うことはあろうとも、色恋だけは絶対にない。
「にしても急にアニマル公園に来いとか、いったい何だってんだよ?」
あぁ、道鵜町公園ってのは正式名称で、俗称がアニマル公園ね。
遊具が動物を模したものばかりなのと、いろんな動物のオブジェが園内に多数配置されてあるので、いつの頃からか地域住民たちからそう呼ばれるようになった場所。
何代か前の市長が「子はかすがい」とか言って主婦層に媚びまくった末に作った公園だが、子どもらからの評判は上々。けれどもおれのようなおっさん連中にはイマイチ。なにせメルヘンチックな空間に、くたびれたおっさんは似合わない。
アニマル公園ではおれも実際にえらい目に遭ったことがある。
あれはとある日曜日の昼下がり。
木陰のベンチに腰かけてタバコをふかしていただけなのに、ママさんグループからもの凄い形相でにらまれ、「なんか小さい子どもたちにいやらしい視線を向けている不審者がいる」と通報されて、駆けつけた制服警官どもから、よってたかっていわれのない中傷を受けた。
さいわい誤解はすぐに解けたものの、居たたまれなくなったおれはそそくさとアニマル公園から逃げるように立ち去ったものである。
以来、極力近づかないようにしていたというのに……。
◇
呼ばれて駆けつけてみれば、珍しい図を目撃する。
子どもたちに囲まれている黒づくめの女刑事。
違和感ありまくりにて、おもわずゲラゲラ笑ってしまったらカラス女にケツを思いっ切り蹴られた。「アウチっ!」
で、カラス女の言うことにゃ。
「私はちょっと立て込んでいて忙しいから、おまえがガキどもの相談にのってやれ」
いかに相手が子どもとて市民からの訴えを探偵に丸投げするのはいかがなものか。
と、いつもなら憤慨するところだが「マジで余裕がない」と凄まれたらこちらは何も言い返せない。
なんでも京都でのなんちゃら国際会議の警備の応援に人員がとられているのと、市内で発生した女性銀行員行方不明事件のせいで、本当に高月警察署はてんてこ舞いな状況。
安倍野京香はこの近所に住んでいるという行方不明者の実家をたずねた帰りに、ここを通りがかって子どもたちに捕まってしまった。全身黒尽くめの目立つ容姿ゆえに、彼女が刑事だと知っていた子がいたようだ。
しかしことは急を要する。行方不明事件は発生から二日間が勝負。それを超えると情報の集まりと鮮度がとたんに悪くなるのだ。
そういった事情ゆえに、おれは「わかったよ。こっちはまかせておけ」と引き受けることにした。
◇
相当焦っているらしく足早やに遠ざかるカラス女。
その背を見送り、おれはガキどもに向き合う。
ガキどもに腕を引かれて「こっちこっち」と案内されたのはアニマル公園の東の隅っこの方。
地面に埋められた大きなバネの上に、動物を模した鞍があって、これにまたがってハンドルを握って前後左右に揺られて遊ぶ、スプリング遊具が集まっている区画。
でもそのうちのひとつが失せており、地面には大きな穴がぽっかり。
明らかに何者かの手によって掘り返されたとおぼしき跡。
昨日まではたしかにここにあったという、消えたスプリング遊具の行方を探して。
それが子どもたちからのお願い。
「なるほど。で、消えたのはどんなヤツなんだ?」
おれがたずねると一斉に返ってきたのが「イルカ」「ニワトリ」「ウマ」「リス」「ウサギ」「イヌ」というてんでバラバラな答え。
なんのこっちゃい? である。
しかしそれにはちゃんと理由があった。
消えたスプリング遊具というのが海外製らしく、動物を先鋭的にデザイン化したシロモノにて、パッと見には何の動物だかよくわからない姿をしているそうな。
ゆえに子どもたちのみならず親御さんらの間でも、正体について物議をかもしているという。
「あー、たまにあるよな、そういうの。これ、どうやって遊ぶんだよ? とかいう遊具とか。まぁ、わかった。必ず見つけてやるとは約束できないが、そこそこ期待しておいてくれ。それで誰か消えた遊具の写真とか画像を持ってないかな。あれば提供してもらいたいんだが」
頼んだら子どもたちが全員、すちゃっと当たり前のようにスマートフォンを取りだす。
しかしおっさんはガラケー。両者の間には海よりも深い隔たりがあり、気軽にデータのやり取りができない。
なので近くのコンビニで印刷してもらうことにする。
そしてその流れでアイスクリームを全員に驕らされるハメに……くっ。
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