おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
127 / 1,029

127 残照と光明

しおりを挟む
 
 のぞいていた非礼を詫び、許しを得てからおれは「ちょっと訊きたいことがあるんだが」と言った。
 もっとも翁がかわいがっていた人物である八海山白雪。彼女であれば何かカギについての心当たり、もしくは繋がるヒントなどを持っているのではないかと考えたから。
 すると白雪が「でしたら場所を移しましょう」とおれたちを誘ったのは、磨瑠房楼の敷地内にある神社。
 鳥居があり、社殿があり、社務所があり、巫女舞のための舞台まで併設されている。

「ここはかつて私の両親たちが守っていた神社を模した場所なんです。おじいさまが焼け落ちたモノを懐かしんで建ててくださったんです」

 規模こそは半分ほどに縮小されてあるが、造りは本物。名のある宮大工たちに腕をふるわせたというだけあって、立派なものである。
 この場所の管理は白雪に一任されているらしく、ここなら邪魔が入らずゆっくり話せるとのこと。
 社務所の座敷に通されたおれと芽衣。
 そこに「失礼します」とお茶を運んできたのは、大柄な老人。初日に湖にてボートを浮かべる白雪に同乗していたのを見かけた彼だ。
 あらためて自己紹介を受け、彼の名前が蛾舎泰造がしゃたいぞうといい、先々代の頃から八海山家に仕えている従者であると知る。
 が、おれは挨拶を受けている間、まるで生きた心地がしなかった。
 彼が引き下がったところでようやくホッとひと息。
 そんなおれの態度に芽衣が「どうしたんですか四伯おじさん。顔が真っ青ですよ」と声をかける。

「どうもこうもあるものか。あーびっくりした。まったく白雪さんもお人が悪い。前もって教えてくれたらよかったのに……。
 泰造さんってオオカミですよね。それもただのオオカミじゃない。たぶんニホンオオカミだ。うー、まだ心臓がバクバクしていやがる」

 ニホンオオカミ。
 かつては日ノ本各地の山中に生息していたものの、二十世紀の初頭に絶滅したとされるオオカミ。ただしその後も目撃証言がちらほら。真偽のほどは定かではない。

 おれが怯えたのは何も泰造さんの正体がオオカミだからというだけじゃない。高月の地にはオオカミが化けた獣医が経営している動物病院もあるし。
 動物に限らず、生き物たちは一定の数を割ると種族の存続が難しくなる。あとは坂道を転がるように減少し落ちていくばかり。
 斜陽にて滅びゆく者たち。
 これだけ聞けば厳しい生存競争に破れた敗者のように思えるかもしれない。
 けれどもそれは正しくもあり誤った認識でもある。
 種族としてはたしかに敗者だ。しかし個体としてならばまぎれもなく強者。次々と同胞が消えてゆく中にあって最後まで生き残り続ける者が、どうして弱者であろうか。
 背負っている重みがちがう。覚悟がちがう。眺めている景色が、立っている境地がちがう。それこそ何もかもがちがう。
 日々のほほんと暮らしている、お気楽なおれたちとは根本からしてちがうのだ。
 孤高の超戦士。
 少なくともいまの芽衣の拳では届かないだろう。

「なるほど。あんなおっかないボディガードがいたんじゃあ鬼に金棒だ。そりゃあどっしり落ちついてもいられるか」

 おそらく書物の館でも気配を消して潜んでいたのだろう。まったくわからなかった。そんでもっていまもどこかからしっかり監視しているはず。とんでもない隠形の技である。おっふ、くわばらくわばら。
 独りごちるおれに、くすりと笑みを浮かべる白雪。
 タヌキ娘は茶菓子のかりんとうをボリボリ。

  ◇

 猫守翁についてあれこれ話を聞いているうちに白雪がふともらしたのが「自分や泰造は残照なんです」というつぶやき。
 残照とは、彼方に沈み消えゆく夕焼けのこと。
 泰造さんはニホンオオカミだからなるほどと納得できる点もある。だが、まだまだ若い身空である彼女にはいささかふさわしくない言葉。
 おれがじっと見つめてると白雪がさみしそうに笑う。

「おじいさまは祖母である玉響の面影を私に重ねていただけ。多くの愛情を注いでくれかわいがってくれましたが、あの方の目はちっとも私のことを見てはいませんでした」

 代償行為にて自分が満足を得るための生き人形。
 そこまで言うのはいささか酷かもしれない。翁当人にもそんなつもりは毛頭なかったのかもしれない。だが結果としてそうなってしまったことは事実。
 保護され囲われる身となった以上、そんな境遇を黙って受け入れるしかない娘。
 幼い頃は何もわからず愛情を注がれるままに受け入れてコロコロ笑っていられたことであろう。
 しかし成長するにしたがって、自分に向けられる想いの裏にある歪みに気づいてからは、さぞや辛かったはずだ。彼女の笑みがお淑やかなのは、そういう風にしか笑えなくなってしまったから。
 いっそ逃げ出せればよかったのだが、それも出来なかった。
 いろんな恩が折り重なって、複雑に入り組みからみ合って、すっかりもつれてがんじがらめになっている。
 あげくの果てには、死んでからも彼女にまとわりついて離そうとしない。
 今回の遺言に彼女を巻き込んだのは、ひょっとしてそれが狙いなのか?
 なぁ、猫守翁よ。だったらあんたはとんでもないクソったれだぜ。
 白雪の境遇にはたいそう同情するも、いまのおれにはどうしようもない。
 しかしもしも彼女が助けを求めてきたのならば、そのときには探偵として全力を尽くす所存である。

  ◇

 ともすればムクリとかま首をもたげそうになる義侠心を踏んづけて抑え込む。
 探偵であるおれは探偵の仕事をするのみ。

「翁が最後に手がけた建築、もしくは改築場所を教えてくれ」
「あら、それならここですよ」

 たずねたら白雪があっさり。
 神社の境内奥にある竹林に小さな庵を造ったそうな。
 一度も使われることなく放置されてるという茶室の名前は光明庵。
 はたしてそこにカギとやらが隠されているのか。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。 第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。 のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。 新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。 迷走するチヨコの明日はどっちだ! 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第三部、ここに開幕! お次の舞台は、西の隣国。 平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。 それはとても小さい波紋。 けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。 人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。 天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。 旅路の果てに彼女は何を得るのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

処理中です...