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122 猫守家の一族
しおりを挟むおれたちを出迎えてくれたのは小さな老婆。
頭に円盤を載せたみたいに結われた髪は灰色。まとっている和装は紺と白の二色の正方形が交互に並んだ格子柄の市松模様。
しかし本当に小さい。小柄な芽衣よりもさらに頭ひとつ分ぐらいも背が低いのに加えて、背中が曲がっているからなおのこと。
声もぼそぼそと聞き取りずらい。
そのくせ歩くのがやたらと速い!
外観以上に内部が入り組んでカオスになっている磨瑠房楼。
案内してくれている老婆が長い廊下を音も立てずにスススと進んでは、右へ左へ、また右へ、ときには三差路を直進したり、四差路のひとつにひょいと飛び込んだり。
おれと芽衣は早足で追いかけるのがやっと。もしもここで老婆を見失ったらマジで遭難しかねない。
「ちょ、ちょっと待って。もう少しゆっくり」
そう声をかけるも耳が遠いのか、老婆が足を緩めることはない。
迷路、もしくは迷宮と呼ぶのが相応しい建物内。いつしかおれたちは夢中になって駆けていた。
で、ようやく老婆が停まってくれたのが雄々しい二羽の闘鶏が激しくやり合っている姿が描かれてある豪華な襖の前。
「こちらでしばしお待ちくだされ」
それだけ告げると小さい老婆はあっというまにどこぞに失せた。
残されたおれたちはポカンである。
「ねえ、四伯おじさん。あのおばあちゃんって動物が化けたものなの? もしくは妖怪?」
「おれの見立てでは少なくとも動物ではないと思う。そして限りなく妖怪っぽいけど、たぶん人間だ」
そんな会話をしつつも残されたおれと芽衣は困り顔。
とはいえいつまでもぼんやり襖の前で立っているわけにはいかないので、おれはおずおず襖の引き手に指をかけた。
◇
襖の向こうは大広間。
昔、お殿さまが家臣らと謁見するときに使っていたような畳の空間。優に五十畳はある。とんでもない広さだ。
だというのに現在、ここに居るのはおれたちを含めてたったの九名のみ。
最奥、一段高くなっている壇上には誰もいない。
それに続く上座の左手側には、三人の熟女たち。みな和装にて同じように日本髪を結っている。容姿からして姉妹と思われる。
ということは、あれが亡き翁に代わって差配をふるっている娘たちなのだろう。
凛としていかにも気の強そうな、長女の猫守赤枝。
笑みを浮かべているが細目の奥がちっとも笑っていない、猫守黄枝。
きょろきょろと忙しげに絶えず視線が動いている、猫守黒枝。
三姉妹の仲がけっして良好ではないことは、この場の空気にて明らか。それが遺産がらみのせいなのか、元からなのかはおれは知らない。
水面下でバッチバチな三熟女。
これと向かい合う形で並んで座っているのが若い連中。
位置的に多分、正面に座っているのが各々の子どもたちなのであろう。
だとすれば赤枝の前にいるのが、猫守高雄。
すらりとした男前にて、いかにも誠実そう。実際に今回の依頼を受けるにあたってざっくりと猫守家の一族について調べたところでは、すこぶる評判がよい好青年。
そんな彼の隣にて胡坐をかいているのが黄枝の息子である、猫守勝。ボテっとした体格にてふてぶてしい態度。こちらはぶっちゃけ遊び人にて評判はあまりかんばしくない。けれども祖父の気性をもっとも色濃く受け継いでいるのは彼との意見もあって、一目置かれている存在でもある。
母である黒枝と同じようにキョドキョドして落ちつきがないのが、猫守稔。
人物評はいくぶん頼りなさげだが、可もなく不可もなく。特筆した点がないかわりに、悪さをする度胸もない。
そんな兄の横でツンとお澄まし顔をしていたのが稔の妹である、猫守三華。
我が強くワガママ、そのくせ自惚れ屋で嫉妬深い。まるで物語に登場する悪役令嬢を地でいくような娘。彼女が通っている令嬢たちが集うミッションスクールの学校裏サイトとやらを芽衣に調べてもらったところでは……。いや、これは個人の名誉のためにも触れないでおくとしようか。
◇
良好ではない親族関係が集う場所。
ピリピリ、ギスギスした空気の中に放り込まれたおれと芽衣は、下座の隅っこにておとなしく縮こまっている。
簡単に挨拶をすませたあとは、赤枝より「これから顧問弁護士が来ますので、用件についてはのちほど」と告げられてそれっきり。
うぅ、いたたまれない。せっかく出された上質な玉露の茶も、お菓子も緊張のあまりまるで味がしやしない。
ったく、なんなんだよ、この状況?
翁の遺言書探しが仕事だったはずなのに、弁護士が顔を見せるというし。
パターンからして、その弁護士先生が翁の遺言書とやらを預かってるんじゃないのか。
だったら探偵なんて必要ないだろうに、なぜ呼ばれたんだろう。うー、わけがわかんねえ。
イライラしたおれが頭をかきむしろうとした時のこと。
「失礼します。十勝先生をお連れしました」
そういって背広姿の初老の男性をともない姿を見せたのは、ついさっき湖にボートを浮かべていた麗人。
タクシーの運転手が「白雪さま」と呼んでいた女性。
彼女は猫守家の一族ではない。少なくとも事前の調査ではそれらしい人物はいなかった。しかし弁護士を案内してきたまま、座の隅に腰をおろしたところから察するに無関係というわけでもないらしい。
ひょっとしたら翁の愛人……。
にしてはいくらなんでも歳が離れすぎてる。女性関係も派手だったという翁だから囲っていた女性の一人や二人いてもおかしくはない。
だがあの癇が強そうな三熟女たちが、そんな存在を平然と大切な場に受け入れるようにはとても思えない。たぶん本宅の敷居もまたがせないだろう。
三人の息子たちの方は彼女に対して、少なからず好意を抱いているのは一目瞭然である。だって白雪さんが登場したとたんにそろってソワソワするんだもの。一人ムスっと眉根を寄せていたのは三華お嬢さまばかりなり。
ようやく役者がそろった。
弁護士の十勝先生が持参したカバンの中から一通の封書をとり出す。
その場に集ったおれたちも含めて全員に回して、きちんと封がされてあることを確認させてから、十勝先生は開封作業にとりかかった。
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