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114 トラトラタヌキ
しおりを挟む自分の家に帰ったらトラがいた!
そんな状況下に放り込まれたら、たいていの者が呆然と立ち尽くす。
かくいうおれと芽衣もそうだった。
一瞬、孤斗羅美かとも考えたが気配がまるでちがう。トラ美はもっとこう、荒々しく野趣がちらちらしている。大きさもあれよりひと回りほど小さい個体だ。雰囲気もずっとおとなしい印象を受ける。まぁ、それでもトラはトラだが……。
なんぞと現実逃避をしていたら「やぁ、お帰り。思ってたよりも早かったな」と奥から姿をみせたのは大柄な若い女。孤斗羅美、当人である。
よもやのトラが二頭。
ショックで卒倒しなかった自分をおれはホメてやりたい。
「やぁ、じゃねえよ! ったく、どうやって入りやがった?」
「事務所のカギかい? ここのビルのオーナーに開けてもらった」
トラ美たちが訪ねてきたものの、あいにくとおれたちは仕事で留守。
どうしたものかと事務所の前でうろうろしていたら、階下から葉巻を加えた白髪老婆がひょっこり顔をみせる。
「あいつの客かい? デカい図体でそんなところにいられちゃ迷惑だ」
不機嫌そうに文句を言いつつも、懐からとり出した鍵束にてカチャカチャ。
合鍵にて扉を開けるなり「四伯たちなら夕方には戻るだろうから、それまで中で待ってな」と告げて、さっさと行ってしまったという。
「いやぁ、おそろしく不愛想な婆さんだったけど、うちの妹を見ても平然としているし。たいしたタマだね、ありゃあ。只者じゃねえぜ」
そりゃあそうだろう。なにせ花伝美咲オーナーは化石級の古ダヌキだ。潜ってきた修羅場の数がちがう。レベルや経験値なんぞとっくにカンストしているのにちがいあるまい。
じゃなくて! 何やってくれてんの、あのババア!
いくら大家だからって店子の部屋のカギを勝手に開けちゃダメだろう!
おれのプライバシーはいずこ?
マジで引っ越しを考えるべきかと本気で検討しているおれを放置して、芽衣が「トラ美さんの妹さんなんだ。こんにちわ、わたし芽衣です。よろしくー」とご挨拶。
するとソファーに寝そべっていたトラがひらりと床に降り、ずんずん近寄っては芽衣の周囲をうろうろジロジロ。
「ふーん。あなたがお姉ちゃんを負かしたっていうタヌキなのかぁ。へーほー」
かとおもえば、今度は頭を抱えているおれのほうに鼻先を向けて、やっぱりジロジロ。
「でもってこっちのおじさんがウワサの王子さまかぁ」
「はい? 王子さまっていったい何のことだ」
耳慣れない言葉におれがキョトンとしていたら、突然横合いからのびてきたのはトラ美の腕。
いきなり妹の耳をむんずと掴むなり、「悪い。ちょっと待っててくれ」と奥に妹を引っ張っていってしまった。
◇
……待たされること三分少々。
戻ってきたトラ美は笑顔だったが、妹は涙目にてヒゲやら尻尾がへなってしゅんとなっていた。
で、改めて自己紹介を受ける。
「ボクは孤斗玲花、いつもお姉ちゃんがお世話になっております」
先ほどまでの態度とは一変して、しっかり挨拶をするボクっ子は正真正銘トラ美の妹。
そして例のラジオニュースでいっていた姿を消した張本人でもある。
ではどうしてそんな無茶をやらかしたのかといえば、理由はプチ家出だった。
「だってお母さんやお姉ちゃんは外を自由に歩けるのに、ボクだけずっと動物園の中なんだもの」
なんでも玲花は化け術の腕がさっぱりらしい。
まちがいなく素養はあるそうなのだが、いまいちウマいこと化けられない。化けれたとしても、すぐにボロがでる。興奮したり驚いたりするたびにヒゲやら耳やら尻尾やらがピョコンと飛び出していては、とてもではないが街中を歩けやしない。
母姉だけでなく知り合いの化け術の達人にも教えを請うたが、結果はふるわず。
しかし花の盛りは短い。このまままごまごしていたら、あっという間に青春が終わってしまう。
焦った妹は姉に泣きついた。「乙女の危機だよ! お姉ちゃん」
滅爛虎慄紅武爪術の遣い手にて、泣く子も黙る女豪傑も、こと妹が相手だとどうにも弱い。さて、どうしたものかと悩んでいたときに、思い出したのがおれこと尾白四伯。
いろんなモノに重ね化けできる男ならば、ひょっとしたら妹の悩みを解決できるかもしれない。
「ならば善は急げ!」と言い出したのは妹の玲花。「限られた青春、一分一秒をも無駄にはしたくない」と主張し、半ば強引に脱走を敢行。巻き込まれた姉こそがいい迷惑であった。
どうやら妹ちゃんは、思い立ったら後先を考えずに突っ走るタイプのようである。
姉とはちがった意味でヤバい女だ。
「お願いします。四伯師匠、ボク、来園するカップルの女性みたいに着飾って街中を歩いてみたいんです」
「あたいからも頼むよ。やるだけやってみてくれないかな。もちろん出すモノはちゃんと出すから」
大きなトラ頭をぐぐっと寄せ上目遣いで瞳をうるうるさせる妹と、頭を下げてくる姉。
いきなり師匠呼ばわりされて困惑するおれをよそに、トラの首根っこにヒシと抱きつき「わかる、わかるよ玲花ちゃん。わたしだってシティガールに憧れて、淡路島から高月へとやってきたんだもの」と芽衣までもがすっかりほだされてあちらに味方する。
三女からやいのやいの責められ、おっさんタジタジ。
ついには押し切られる形にて依頼を受けるハメになった。
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