おじろよんぱく、何者?

月芝

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102 タヌキと剛速球

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 百五十キロどころの話じゃなかった。
 公式戦ではマックスで百七十キロを叩き出しているという。
 ボビー・チュッパチャップマンはとんでもないバケモノだった。
 あくまでお遊びの草野球ゆえに軽く流しているとはいえ、それでも球を投げるほどに温まっていく肩。躍動する筋肉。あがるテンション。ギューンと疾走するボール。手元でのびるのびる。
 もちろん三者凡退の山が築かれるばかりにて、我らパットンズのバットは虚しく空を切るばかり。
 っていうか「ハハハ」とナゾの笑みを浮かべながら、縦に落ちるカーブで容赦なく内角をえぐられたときに、おれはちょびっとチビったからな。
 そんなていたらくゆえに、さぞや一方的な試合展開になるかとおもいきやさにあらず。
 ピッチャーだけが超一流でも勝てないのが野球という球技のおもしろいところ。
 いくら三振を奪おうとも、打たねば点が入らないのだ。
 でもってチーフテンズの実力はうちと目くそ鼻くそ。ゆえに振ればぐにぐに波打つバットの軌跡、たいして速くもない球の上やら下をスカッと空振り。たまさか当たったとてボテボテのゴロとかしょぼい内野フライとか。
 とんだ泥試合につき、やってる方はげんなり。観ている方はもっとげんなり。ごく一部のみゲラゲラ大ウケ。
 そのくせ試合展開はサクサク進むからあっという間に最終回の九回裏。うちの最後の攻撃となったところで……。

「四伯おじさん、応援にきたよー」

 姿を見せたのはタヌキ娘こと洲本芽衣。その友人である金髪リーゼントのヤンキーヘビ娘の白妙幸、地味なメガネっ子だけど希少な人間枠の山崎美和子ら三人組。
 応援というか暇だからちょいと覗きにきた感がありありな娘たち。
 だがおれは迷うことなく審判に告げる。

「代打、芽衣」

  ◇

 ぶかぶかのヘルメットをかぶり、木製バットを手にバッターボックスに入ったタヌキ娘の姿に、はじめは「ハハハハ」と笑いつつ大袈裟に肩をすくませていたボビー・チュッパチャップマンであったが、いざプレイボールの合図がかかったとたんに目つきが変わった。
 今日一の真剣さ。
 なんという気迫。まるで全身から気焔が立ち昇っているかのよう。
 どうやら野球選手として培ってきた本能が、目の前の相手をただの小娘と侮るなかれと判断したようである。
 対する芽衣もバッティングフォームは様になっている。たまに高校の野球部相手に遊んでいるのは伊達ではないということか。
 ボビー・チュッパチャップマンが両腕を天高く突き出しワインドアップポジションをとった。右足を軸としてひねられる腰が限界までギチギチと巻き上げられ、いっきに解放される。大きく踏み出された左足。その足の裏が前方の地面をしっかりと捉える。たちまち喰い込むスパイクシューズの爪。
 すべての準備が整ったところで放たれる球。リリースポイントが高い!
 二メートルほどもある高身長、その頭上近くから角度のあるボールが疾走する。
 小柄な芽衣との対比にてその角度がさらに鋭さを増す。
 マウンドとの位置関係からも、落差一メートルは優にあろうか。
 それは視界外の頭上から急降下しては襲いくる猛禽類の爪のごとし。
 これを前にしてはさしものタヌキ娘のバットも空を切る。
 しかしフルスイングにてボールとバットが交差する瞬間、「チッ」とかすかながらも音がした。
 ボールはそのままキャッチャーのミットの中へ。
 初級はファウルチップにてストライク。
 結果だけ見ればボビー・チュッパチャップマンの圧勝であるが、彼の表情には当初の余裕は皆無。鬼の形相にてバッターである小娘をにらみつけている。

 続く二球目。
 マウンドから放たれる威圧にてグランド内どころか、周囲の空気までもが重く押しつぶされそう。これが一つのことに打ち込み膨大な時間と労力を費やし、遥か高みへと至ったトップアスリートのみがまとう覇気。
 速度こそは一球目と変わらないようにおれには見えた。けれども宿っている重さがけた違いであったことが直後に判明する。
 あろうことかボールを捉えてみせた芽衣のバット。
 しかしやや振り遅れたせいで球の勢いに押し負け、打球が前に飛ぶことはなかった。
 向かったのは一塁側に陣取っているチーフテンズのベンチ。
 強と強がぶつかり合い産まれたのは超ド級のファール。弾丸ライナーとなって飛んだ先に運悪くいたのは、敵チームを率いていたドーベルマンカマこと千祭史郎。

「へぶし!」

 という奇声を発してヤツのカラダが宙を舞った。


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