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094 変態三番勝負
しおりを挟む鹿島紗月。
奈良はシカ王国きっての名門・鹿島家のお嬢さま。雪の結晶をおもわせる儚げな美人。
楚々とした和装がよく似合う彼女は、その天性の魅力ゆえにかつて伝統行事である嫁獲り競争の景品にされてしまったのだが、なんやかやあって難を逃れる。
そのときに結果として窮地の彼女を颯爽と救ったカラス女こと安倍野京香に、ぞっこん惚れこみ白百合の大輪を咲かせ、勢いのままに高月の地へと追いかけ引っ越しを果たし、現在は駅前の高級タワーマンションの最上階に居をかまえている。
そんな紗月には影日向となって仕えている忠実なメイドがいる。
宇陀小路瑪瑙。
黒髪を三つ編みに結っており、銀縁メガネがたいそう凛々しい。いかにも仕事のデキる大人のメイドといったたたずまい。所作もろもろが洗練されている。
ロングスカートのシックなデザインの衣装には、余計なひらひらは一切なし。華美は最小限にとどめあくまで機能が優先されている。
年齢はちょっとわからない。見た目だけならば二十代後半、でもその落ちつきぶりからは四十前後の大人の女の色香を感じさせる。とにかくミステリアスなメイドさん。
ちなみに主従そろって正体はシカである。
今回の怪盗ワンヒールと怪人インソール、変態同士の意地と誇りと引退を賭けた三番勝負。
そのおおトリに選ばれたのは紗月お嬢さま。
ではなくて、その使用人である瑪瑙さんの方。
この人選を知ったときには、おれと芽衣も「おや?」「あれ?」とそろって首を傾げたものであったが、いざ当人たちと会ってみたら納得せざるをえない人選であった。
だって着物にハイヒールとスニーカーは似合わないんだもの。
比べて黒に限りなく近い濃紺のロングスカートの足下、スカートの裾からチラリとのぞくハイヒールには、グッとくるものがある。
そしてちょっと堅苦しい見た目だけれども、じつは動きやすいスニーカーというのも、おもいのほかに合っていた。ミスマッチゆえの妙といおうか。なんだかかわいい。
ターゲットを選別したのは怪盗ワンヒール。
変態には変態なりのこだわりがあるらしく、見目麗しければなんでも良いというわけではないらしい。
もっとも選ばれた方はいい迷惑以外のなにものでもないが……。
◇
主人を差し置いて、従者が選ばれる。
乙女心としてはそのへんどうなのか?
べつに変態に選ばれたってちっともうれしくはない。けど身近な人間が選ばれて自分が選ばれないというのはちょっとムカつく。
なんて複雑怪奇な心情もあろうかと、おれと芽衣はビクビクしながら彼女たちのところを訪問するも、そいつは杞憂であった。
瑪瑙さんはたいそう困惑していたが、紗月お嬢さんは逆に大喜び。
「やったわ、これで堂々とお姉さまに連絡ができる!」
自分の家の使用人が事件に巻き込まれてしまった。女主人としては適切に対処しないといけない。
口実ができたので、これさいわいとツレない安倍野京香に「助けて、お姉さまっ」と甘えるつもりの紗月お嬢さん。「怪人と怪盗と探偵の勝負? そんなのどうでもいいわ。好きにしてちょうだい」ときたもんだ。
っていうか、気のせいか紗月お嬢さんのおれへの当たりがやや強めのような……。
芽衣とはにこやかに挨拶をかわすのに、おれだけキッとにらまれたし。
ろくすっぽ顔も会わせていないのにヘンだな。恨まれるようなことはした覚えがない。どうしよう。「生理的にムリ」とか面と向かって言われたらおっさん一生立ち直れない。
するとこっそり瑪瑙さんが教えてくれた。
「ちがいますよ。あれはやきもちを焼いているのです。自分はちっともかまってもらえないのに、安倍野さまは尾白さんのところにはしょっちゅう顔を出しておられますから」
紗月お嬢さんの目には、おれとカラス女が仲睦まじく、キャッキャうふふとしているように見えているらしい。
実態は一方的に搾取されては虐げられ、やっかいごとを押しつけられているだけの関係だというのに。
そもそもの話、今回の変態三番勝負にしたってもとをただせばカラス女が発端。アイツがうちに「ストリートアーティスト気取りの落書き野郎をボコれ」とか言ってきたことから一連の騒動が始まったんだ。
我が尾白探偵事務所にとっては疫病神。そんな相手とラブラブとか、おそるべきは乙女チック回路と恋愛桃色フィルター!
かんべんしてくれ!
心底げんなりしていたおれの脳裏にふと浮かんだのは、オホーツク海を見に行くといって旅立った一人のシカ青年のこと。
「……そういえば卯之助から何か連絡あったか」
相思相愛かもと淡い想いを抱いていた幼馴染みである紗月お嬢さんのために、嫁獲り競争をがんばった一条卯之助。彼はレース直後に手痛い失恋を味わい、そのまま北へ向かった。すっかり忘れていたが、あれからけっこうな時間が経っている。
「卯之助さんですか? 彼でしたら納沙布岬経由で、襟裳岬方面を回っているとの便りが」
瑪瑙さんに見せもらった絵葉書には知床の雄大な自然の姿があった。
ちなみに知床はアイヌ語でシリエトク(地の果て)との由来があり、世界自然遺産に認定されている。
傷心のシカ青年は北海道旅行を満喫しているみたいだ。
うらやましいけど、なんかムカつく。
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