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076 事件の陰に女あり?
しおりを挟む高月は北部、山奥にあるキャンプ場跡地にて人知れず咲き狂うヒマワリの園。
その土地を巡る齧歯類たちの攻防。
クマネズミの根津から事情を教えてもらったが、まだわからないことがいくつかある。
「で、どうして渡世人のおまえさんが巻き込まれることになってんだよ、根津?」
「あー、それは。いろいろありやして。まぁ、一番の理由は先代の恩義に報いるためですかね」
各地をぶらり旅していた根津。
たまさか立ち寄った高月の山奥で、彼を快く迎え入れてくれたのがハツカネズミたちを統べていた先代の親分。おおらかで気のいい御仁だったんだとか。
しかし寄る年波には勝てず、ある朝、突然に倒れる。
寝たきりとなった親分。枕元に根津を呼びつけ「すまねえが、みんなを頼む」と言い残しガクっ。現世の苦役より開放されて、鼻歌スキップにて虹の園へと通じる橋を渡る。
ふつうであればポッと出の余所者が後継者に指名されたら、大反発は必至!
なのにハツカネズミたちは諸手をあげてこれを歓迎する。
なぜなら、めんどうくさいから。
群れのリーダーなんてぜったいにイヤだ、しんどい、やりたくない。
そこにあらわれた根津は彼らにとってはまさに都合のいいイケニ……えー、ごほん、ごほん。救世主であったと。
なまじ義理人情に厚い渡世人という身の上が仇となり、かくして根津甚五郎左衛門丈正親の親分が誕生したところで、急に周辺の雲行きが怪しくなってきた次第。
フムフムなるほど。
なんぞと話を聞いていたところで芽衣がおもむろに口を開く。
「でも、わたし、ちっとも知りませんでしたよ。ハムスターたちってとっても器用なんですね」
そう。それはおれもずっと気になっていたことである。
ツルでロープを編んだり、竹片で鳴子をこさえたり。
アイツらは出っ歯でガジガジかじるのは得意だが、それ以外はさっぱりだ。なのにヒマワリの園には侵入者探知用の大がかりな仕掛けが張り巡らされてあった。
数を頼んだ監視網ならばともかく、アレはなんとなく連中らしくない。
「あぁ、あれですかい。じつは……」
根津によれば、ハムスターたちは数の暴力にて近在の動物たちを脅し、無理やりに言うことをきかせているとのこと。
ちなみにあの仕掛けはアライグマたちの手によるもの。他にもネコやらモグラなど、いろんな動物を支配下においてはこき使っているらしい。
山の王さまを気取っての、やりたい放題。
ハムスターたちを統べる誅王というヤツは、じつにけしからん畜生のようだ。
「しかしわからんなぁ」おれは首をひねる。「だっておまえたちは少し前まではわりと仲良くやっていたんだろう? それがどうして急にこんなことになるんだ? 何かきっかけとか前兆はなかったのか?」
根津が「はてさて」と考え込んでいると「あっ、そういえば」と言い出したのは群れの中の灰色ハツカネズミ。「連中が川で何かを拾っていたのを見かけたんだけど。よくよく思い返してみれば、連中がおかしくなったのって、あのあとからだ」
すると別の白いハツカネズミが「そうか? それを言うなら誅王が近くに牝のオコジョをはべらすようになってからじゃないのか」とこれに異を唱える。
川で拾った品というのは、たぶんおれたちが探している黒猫のブローチのことだろう。サンショウウオの証言とも合致する。
うーん、これはめんどうなことになった。あの暴力的な態度からして、話してわかってくれそうにない。フライドチキンを手土産に「おおそれながら」と訴えたところでぶん盗られておしまいだろう。
瀬尾愛からの依頼を果たすには、どうあってもハムスターどもと関わることになる。流れ的にネズミどもの争いにも巻き込まれかねない。というか十中八九巻き込まれる。
だが……。
「あのオコジョがネズミに? それもハムスターなんぞにおとなしく従う? そんなことが本当にありえるのか」
胴長短足、イタチの仲間のくせして丸顔に耳も丸く目も円ら、「チチチ」と鳴いては首をかしげる仕草がとっても愛くるしい。冬毛のときの白い姿なんて、もう身悶えせずにはいられないほどのかわいらしさ。歩くぬいぐるみ。
けれどもそんな愛くるしい見た目に反して、気性は獰猛のひと言に尽きる。
野ネズミのみならず野ウサギどころか、ときにはライチョウすらをも狩る凄腕ハンター。
そんなオコジョなのだがその冬毛の素晴らしさゆえに、人間たちから執拗に狙われ続けてきた歴史を持つ。中世ヨーロッパに吹き荒れた魔女狩りどころではない。膨大な数の同胞たちが犠牲になった。
にもかかわらずオコジョたちは滅びなかった。
あの森林の王者トラですらもが絶滅危惧種に指定されているというのに、である。
それだけタフでしたたかな生き物だということ。
「愛ちゃんのブローチの行方もだが、その牝のオコジョ、どうにも気になるな」
「事件の陰に女ありですね、四伯おじさん」
使い古された引用を持ち出す芽衣におれは苦笑い。
女に狂う男がバカなのか。男を惑わす女が怖いのか。
はてさてどうなることやら。
成り行きのまま、おれと芽衣はこのまま根津たちハツカネズミ陣営に所属することになった。そして戦の行方については適当にのらりくらり、どさくさにまぎれて目的の品をゲットする所存である。
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