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075 三国志げっし版
しおりを挟むとあるペットショップで売り物として飼われていたハムスターたち。
そこのオーナーはあまり褒められたタイプではなく、良く言えばおおらか、悪く言えば少々ずぼらな性格。
結果として環境にいろいろと不具合が生じる。
するとそのうちに一匹がついに立ち上がる。
「もうガマンならない。こんなところ、出て行ってやるっ!」
かくして一匹のハムスターの行動によって、夜間に集団脱走が発生。
ペットショップのオーナーが出勤したとき、飼育スペースはすっかりもぬけの殻となっていた。
勇ましく箱庭を飛び出した彼ら。
しかし安住の地を求める旅は過酷を極める。
なにせ街中も自然も危険がいっぱい。
一説ではネズミたちを放置していたら、ほんの一年足らずでとある島国の人口に匹敵するほどにまで爆発的に繁殖するという。いわゆるネズミ算式に増えるというやつ。
だが実際にはそんなことは起きていない。このことからも外の環境がいかに厳しいかわかろうというもの。ついてはクドクド語るまでもなかろう。
行く先々、道行きにて次々と脱落していく仲間たち。
その屍を越えてハムスターたちは足を動かし続けた。
そうして彼らはついに辿りつく。楽園とも呼べる場所に……。
群れのリーダーは己を誅王と称し、ここに自分たちの国を作ることを高らかに宣言した。
◇
とある大学の研究室にて飼われていたモルモットたち。
あつかいについては不満だらけであった。なにせ日夜、過酷な実験に使用されるのだから。
彼らにとってそこは刑務所であり地獄への入り口。
「あんたぁ、あんたーっ」
「すまん。あの子たちを頼む」
無情にも引き裂かれる妻と夫。
「兄ちゃん、行っちゃやだよーっ」
「おまえは元気でがんばるんだぞ。だいじょうぶ、おまえは強い子だ。弟たちのめんどうをしっかりな」
仲の良かった兄弟が突然に引き離され、それきりとなる。
「どうしておれが、おれはまだ死にたくねーっ」
「あぁ、せめて一度くらいイケメンとデートしたかったなぁ」
「つぎに産まれてくるときはパンダがいいなぁ。ゴロゴロしているだけで若い娘たちにきゃあきゃあ言われてモテまくり」
数多の仲間たちが飼育場所からひょいと襟首をつままれては、扉の向こうへと消えていく。
そしてその大部分の者たちは戻ってこなかった。
絶望と諦めが蔓延する箱庭。
あるとき、一匹のモルモットが立ち上がった。
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」
なにやら小難しい言葉を口にしたと思ったら「ていやっ」と箱庭の空を覆っていた透明な板を蹴飛ばし、ためらうことなく隙間からひらりと外へ。
その様子をドロンと死んだ魚のような目で見つめていた同胞たち。
彼らに向かって脱出したモルモットは問いかける。
「安易なる生を甘受し、甘美なる死に酔うか? それとも一瞬たりとてパッと輝き、生を感じ散るか? もしも光を望むのならば助けてやる。ただし悩む時間はない。いますぐ、ここで決断しろ」
彼の激に応じたのは、四十と六匹のモルモットたち。
かくしてこのときより彼らは四十七士となりて、外界へと旅立つ。
しかし旅は過酷を極めた。なにせこれまでは上げ膳据え膳ののんべんだらりの生活。物心ついたときには研究室の片隅にて飼われていた。自分のチカラで食べ物を用意したこともなければ、水を探したことすらなかったのだから。
おかげでみるみる減っていく下腹に溜め込んだ脂肪。むちむちのぽっちゃり体型がトレードマークであるモルモットが、トップアスリートばりに体脂肪率を減らし、腹回りがギュッと締まってシックスパックになるほど。
さすがにこのままではモルモットの沽券にかかわる。
だが天は彼らを見捨てはしなかった。
ようやくにして辿りついた場所。大きな黄色い花弁がはるか高みより、にっこり地上にいる彼らに微笑みかけている。
四十七士を率いていたリーダーはみなに告げた。
「おれたちの旅は終わった」と。
◇
ここまで根津甚五郎左衛門丈正親……、あー、もう面倒くさい! 以降は根津と略す。
クマネズミの渡世人である根津の話を、おれは「おい、ちょっと待て」といったん止める。
「えー、おれの聞き間違いじゃなければ、いまモルモットっていったか? ということは、この近辺にはここのハツカネズミを合わせると、三種類もの齧歯類どもがたむろしていることになるのか」
正しくは根津を入れると四種類になるのだが、まあ、こいつは単体だから除外でいいだろう。
ちなみにハツカネズミたちは某企業の研究所にいたところを、以下略。
にしてもやはり多すぎる。密密にもほどがある。
どいつもこいつもここに腰を据えようとした理由、それはきっと……。
「あのヒマワリの園か」
おれのつぶやきにコクンと根津がうなづいた。
なにせヒマワリの種はネズミどもの大好物。けれどもアレってたしか脂肪分が多いから食べ過ぎたらお腹を壊すんじゃなかったっけか?
「へい、尾白のダンナはよくご存じで。ですが人間たちと同じで、カラダに悪いものほどやたらと美味しく感じるものでして」
額をピシャリ、てへへと笑う根津。
これにウンウンとうなづく芽衣とおれ。
「あー、わかります。フライドチキンとかポテトチップスってめちゃくちゃ美味しいですもんね。でも調子に乗って食べ過ぎたら、きっちり我が身に跳ね返ってきますから。主に下腹あたりに」
「タバコもそうだが、嗜好品ってのはそういうもんだ」
なんにせよヒマワリというごちそうを見つけた三つの齧歯類の群れたち。
はじめのうちは似たような境遇ゆえに、それなりに仲良くやっていた。
だがその風向きが突如として変わった。
ハムスターの群れを統べる誅王がいきなり「ここはオレたちのものだ」と一方的な宣告をし、数を頼みにヒマワリの園を占拠してしまったのである。
当然ながらモルモットたちは「ふざけんな!」と激怒。ハツカネズミたちも「ひどすぎる」と猛抗議。
だが話し合いは物別れに終わり、かくして三国志げっし版が幕を開けることになる。
ハムスターとモルモットとハツカネズミ、三つ巴の仁義なき戦い。
これから戦が始まろうとしている。そんな危険地帯にノコノコ足を踏み入れたのが、おれとタヌキ娘であったと。
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