おじろよんぱく、何者?

月芝

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072 孤高の男

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 高月駅の北口のターミナルから市バスでおっちらおっちら、二十分も山の方向へと進めばたちまち民家はまばらとなり、古寺なんぞの山門が点在するのどかな里山といった風情となる。
 さらに十分も進めば、すっかり深山となり通り過ぎる車もまばら。
 左に山肌、右に芥川の上流域を見下ろしつつ、うねうねした道をバスはゆく。

 窓に張りついて「川の水が濃いです。抹茶色です」と景色を楽しんでいる芽衣をよそに、おれは修理から戻ってきた愛機のパカパカ具合を確かめていた。

「けっきょくスマートフォンに買い替えなかったんですね。せっかくの機会だったのに」

 ガラス越しにあきれ顔を見せるタヌキ娘。
 おれは「うるへぇ」と唇を尖らせる。

「前にも宣言したが、おれはラストガラケーを目指すんだ」
「へー、へー、へー。でもよく修理してもらえましたね? とっくに生産終了しているのに」
「あぁ、正規ではな。だがおれたちガラケー愛好家には強い味方がいるんだ」
「強い味方、誰?」
「ふっふっふっ、パカパカ仙人のことだ。彼あるかぎりおれたちのガラケーは終わらない」

 パカパカ仙人。
 住所氏名不詳。流しの修理職人。ときおりふらりと高月の街の路地裏にあらわれては、壊れた家電などの修理を請け負う。たいていの品はその場でちゃちゃっと直してしまう凄腕。モノを大切にする心を忘れ、資源を浪費し、消費することがカッコイイと勘違いしている現代社会に無言の抵抗を続ける孤高の男。
 ちなみに料金はそこそこ割高だが、それに見合うだけのいい仕事をする。

「そんな人がいたんですか……知らなかった」
「まぁな。知る人ぞ知るというやつだ。芽衣も何か困ったことがあれば彼に相談してみるといい」
「はぁ」

 探偵と助手がそんな会話をしているうちに、バスはついに終点へと到着。
 高月の地にて最北に位置するここが、今回の依頼人である瀬尾愛が大切な黒猫のブローチを失くした場所。
 ここから先は歩きにてハイキングコースをおっちらおっちら。
 というのはめんどうだし、周囲に誰の目もないのでおれはドロンとオフロードバイクに化けた。
 ハンドルを芽衣にあずけて、ブロロロロロ。
 アクセルを吹かせてさっさと目的地へ。

  ◇

 小高い丘の上の自然公園。
 掴まってシャーッと滑る遊具ではしゃぐ芽衣を尻目に、おれは依頼人から聞いていた側溝を調べる。
 どこにでもあるU字型のコンクリート製。フタもまたステンレスの並目模様のこれまたありふれた品。
 ただしフタがボルトでがっちり固定されていやがる。
 事故防止か盗難防止目的か、あるいはその両方なのかはわからないがこれでは工具がないと外せそうにない。
 持ってきたペンライトで中を照らしてみる。
 すると落ち葉が数枚あるだけで、わりとキレイな状態。

「なるほど、愛ちゃんの話のとおりだな。何もかも流されちまったか。となれば」

 側溝沿いを歩き、ときおり中をのぞき込みつつ進む。
 タタタと駆け寄ってきた芽衣が「あれは楽しいです。子どもたちが順番でモメるのもしようがありません」なんぞとほざく。
 正直、ちょっとムカっとしたがおれは平然を装い、そのまま調査を続行。
 側溝はやがて公園の端までいき、そのまま道なりに下り始めた。
 ここの丘の周囲に設けられた遊歩道に平行して側溝はのびている。

「途中でどこかが詰まってくれていると、そこに引っかかっている可能性もあるんだが」

 そんな淡い期待を抱きつつ、背中を丸めて下を向いたままで道なりに歩く。
 すると背後からついてきていた芽衣がぼそっと。

「こうやってうしろから見ている分では、これから山に入って首をくくるおっさんにしか見えません」

 縁起でもないこと言うなっ!
 と、心の中でだけツッコミ、おれはお仕事に集中。
 しかし願いも虚しく、どこにも黒猫のブローチは見当たらない。
 イヤな予感がして「まさか」とつぶやくも、そういう勘にかぎってよく当たるもの。
 側溝は最終的に芥川の上流へと注ぐ形で合流していた。
 大きな岩がごろんごろんしており、まあまあの水量と勢いがある清流。
 ためしにそのへんに落ちていた葉っぱを流してみたら、天然のウォータースライダーを滑って、たちまち下流域へと遠ざかっていく。

「なぁ、芽衣。愛ちゃんのブローチってのは何製って言ってたっけ」
「えーと、たしか真鍮しんちゅうだったかと」

 真鍮は銅と亜鉛の合金。黄銅のこと。腐蝕しにくく加工しやすいためいろんな分野で活躍している。よく見かける身近なものだと五円玉。
 うん? 依頼人は黒猫のブローチって言ってたが、もしかして表面が酸化して黒光りしているなんてオチじゃないだろうな。
 だが相手が真鍮製ならばまだ望みはある、か。
 かなり分の悪い賭けになるがしゃーねえ。こうなったら、やるだけやってやろうじゃねえか。
 ったく、我ながら損な性分だぜ。

「おい、芽衣。とっとと靴と靴下を脱げ。こっから先は川底ざらいだ。運が良ければその辺のくぼみに沈んでいるかもしれん」


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