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067 南ちゃん
しおりを挟む薄暗く埃っぽい用具室。
明かりをつけようと入り口壁際のスイッチに手をのばすも、おれは途中でやめた。
照明の蛍光灯が何本か割れてしまって、窓ガラスともども床に派手に散らばっている。
一方で室内の荷物の方はそれほど荒らされてはいない。せいぜい棚の上からダンボールを落としたり、立てかけてあった品をひっくり返す程度。
教頭先生たちの話ではここにはたいしたモノは保管しておらず、ほとんど不用品の物置として使用されていたとのこと。その言葉のとおりで見事にガラクタばかり。
よってモノ盗りの線も早々に消えたわけだが……。
そんなガラクタの中でちょいと気になったのが、折れた竹刀やら野球のバッドとかがまとめて突っ込まれてあるカゴ。壊れて廃棄予定の品をまとめてあるのか。
いかにもな雰囲気にてガサゴソ漁って調べていたら、「もしかしてそこに凶器が?」と声をかけてきたのはミワちゃん。メガネの奥にてしょぼしょぼした小粒の瞳が、探偵の仕事に興味津々といったご様子。
教頭先生は職員室に向かい念のために校内を見回る準備を、安満中さんは保健室でウシ男の付き添いというていの見張りおよび軟禁。「これ以上、話をややこしくされてたまるか」との教頭の指示らしい。
で、すっかり手持ち無沙汰となったミワちゃんがお花摘みに行った帰りに、おれが用具室に入っていくところを見かけたと。
「はっ! わかっちゃいました。そこからバットを持ちだした犯人が廊下を横断して、窓から中庭へと侵入して、田島先生を襲ったんです。そしてまた戻って窓から逃げたんですよ」
ぱっと見、そう見えなくもない状況に女子高生素人探偵が推理を展開。
だが、残念ながらソレはない。
「窓ガラスが外から叩き割られたのはまちがいない。なにせ破片が全部、室内に散らばっているからな。でもってミワちゃんの犯人が凶器を手に中庭へという説だが、ちょっとムズカシイな。なぜならそこの繁みをかき分けたのは、このおれだからな。少なくとも誰かが通ったような形跡はなかった。それに事件の前後、廊下に居合わせた教頭先生も不審な人物は誰も見かけていないと証言している」
よって窓ガラスを割って侵入した誰かが、室内で暴れたついでに凶器を手に飛び出し、中庭にいた田島を襲ったという筋書きは成立しない。
なお、どうしてバットなどの壊れた部活の備品をカゴにまとめてあるのかというと、素材として再利用するため。たんに捨てて処分するのではなくて、木工部や手芸部が中心となり素材として使って、お箸とか箸置きとか小物類などに生まれ変わらせるんだそうな。
リサイクル活動の一環。文化祭のときとかに販売して売り上げを自然環境の保全に尽力しているボランティア団体などに寄付している。
ミワちゃんの説明を聞き流しつつ、おれはカゴの中を調べていて、一本のバットに目を留めた。
抜き出し手にとってみる。
表面が傷だらけ、すっかり手あかまみれとなっている木製のバット。
古ぼけてはいる。だが折れてはいない。フム。素人目にはわからないが、あちこちガタがきているのだろうか。血とかもついておらず、今回の一件とは関係なさそう。おれはカゴに戻しておく。
で、割られた窓の方を調べようと近づいたら、向こうに広がるグラウンドの方からギャアギャア言い争っている声が。
「うん? ずいぶんとにぎやかだな。それに何やら聞き覚えがある声のような……」
野球部員数名と女生徒二人が何やらモメている。
というか女生徒の一人は芽衣だった。
あんなところで何やってんだ、アイツ?
◇
見かけた以上は無視するわけにもいかないので、しぶしぶミワちゃんをともないモメている若人たちのところへ。
突然あらわれたジャージ姿のおっさんを、胡乱げに見つめてくる坊主頭たち。
「あれ、四伯おじさん。もう面談は終わったの。それにどうしてミワちゃんといっしょ?」
「終わったのじゃねーよ。そもそも誰のせいで呼び出されたとおもってんだ、芽衣。おかげでこっちは散々だっていうのに」
おれがムスっと口元をへの字にすると、コテンと首を傾げるタヌキ娘。
一方、なぜだかおれの顔を見るなり盛大に吹き出し腹を抱えてゲラゲラ笑いだしたのは、金髪リーゼントにてロングスカート姿というやたらと気合いの入った格好をした女生徒。
あー、うん、ひと目でわかった。
彼女が芽衣の友人である白妙幸こと、タエちゃんなのだろう。聞いていたとおりの容姿にて、さすがにこんな格好の女生徒が何人もいるとはおもえない。
にしてもウシ男といい、この子といい、高月東高校の懐が深すぎる。ドンとこいにもほどがある。
あと、なぜおれは女子高生からこんなに笑われているんだろう?
たしかタエちゃんとは初対面だったはずなのだが。
う~ん、やはり三十過ぎのおっさんに男子生徒用のジャージは無理があったか。
「ところで、おまえたちはさっきから何をモメていたんだ?」
尋ねたとたんに「それはコイツが」「おまえがウソを言うから」なんぞと言い出し、一斉にやんやと空騒ぎ。
で、みんなの話をサクっとまとめてみたところ、事情はこんな感じ。
◇
万年、二回戦どまりの弱小野球部VS腕に覚えありの女子高生二人組。
「へっ、てめえのノロノロ玉なんざぁ、一発でのしてやんよ」吠える金髪リーゼント。
「ふっ、笑止。素人のバットに俺さまのカミソリカーブが捉えらえるもんか」居丈高な野球部エース。
かくしてマウンドに上がったエース。
バッターボックスにて対峙する金髪リーゼント。
「俺が勝ったら、新体操部の南ちゃんのメールアドレス」
「こっちが勝ったら、学食のカツ丼とコロッケ二人前」
双方ともに約定を確認。
勝負は一打席のみ。三振および打ちとったら野球部の勝ち。
ヒット性の当たり、もしくはホームランならば金髪リーゼントの勝ち。
素振りをブンブンしながら見守るは洲本芽衣。
かくしてプレイボール。
憧れの南ちゃんのメールアドレスをゲットせんと、実際の試合のときよりもやる気をみなぎらせる野球部のエース。その心意気が乗り移ったかのごとく、かつてない冴えとのびを見せ走るボール。
これにはタエちゃんも苦戦は必至。
ついに勝負はツーストライク、スリーボールにまでもつれ込む。
「喰らえ! 必殺のカミソリカーブっ」
「甘ぇっ! そのコースは見切ったぁ」
色ボケと喰い意地がぶつかり合い、青春が激突する。
そしてボールとバットがまさに交差しようとした刹那、突風が吹いて砂嵐がグラウンドを席捲。
たちまち視界を奪われて、全員が「うわっぷ、ぺっぺっ」
で、ふたたび視界が戻った時。
ボールはいずこかへと消えており、ついでに芽衣が素振りをしていた木製のバットもどこかに消えていた。
「確かにかっ飛ばした。手ごたえがあった」と主張するタエちゃん。
「そんなわけあるか。どさくさにまぎれてウソつくな」と言い張る野球部エース。
オマケとして、頭にハテナマークを浮かべる芽衣。「あれれ」
これに野球部員たちも加わってやんやと一触即発。
◇
事情を知ったおれは心底あきれた。
ついでに「おまえたち、そんなんだから万年二回戦どまりなんだよ。遊んでないでちゃんと練習しろ」とも心の中で思った。
まぁ、そんな感じで騒いでいたからこそ、校内の方の異変には気づかなかったみたい。ったく、何をやってんのやら。
にしても消えたバットに、幻のホームランか……ううん?
「なぁ、芽衣さんや」
「なぁに、四伯おじんさん」
「つかぬことを訊くが、その消えたバットってのはもしかして木製だったりするのかな」
「そうだよ、よくわかったね。使い古された感じがいぶし銀の渋いやつなの。傷だらけなんだけど、いかにも歴戦の勇者って感じで、とっても手に馴染むんだぁ」
「…………………」
なんとな~くだが、事件の真相がだいたいわかったような気がする。
というか、わかってしまった。
なんてこったい! おれは頭を抱えた。
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