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063 保健室三者面談
しおりを挟むすぐそこに迫る危機。
困ったおれは目の前の安満中さんに泣きつく。
その結果、おれの腰がちょっぴり心配だから、このまま保健室で面談するように勧めてくれることになった。
しかしその代償はあまりにも大きい。
報酬としてうな重の上、四人前をふんだくられる。イノシシのオバちゃんの家は四人家族なんだとさ。ぐぬぬぬ。
おれの頼みを引き受けた安満中さんが、おもむろにとり出したのはスプレー式の消臭剤。無香料という名のよくわからないニオイのするソイツを二刀流にて「ぶしゅぅう」と室内に景気よく散布開始。
「いったい何を……、ハッ! もしかしておれって臭うの? いちおうちゃんとシャワーを浴びてきたんだけど。だって若い女教師と会うんだから、何か放課後の背徳ロマンチックメロドラマ的な展開もあるかもしれないと念のために」
ぶしゅうとガスを顔面に喰らっておれはゲホゲホ。
「尾白くん、残念ながら放課後の学校にそんなステキなモノはどこを探しても落ちてないわ。あるのはしょっぱい青春のなりそこないとせいぜいホコリ玉ぐらい。そしてこれは綾ちゃん対策なのよ」
かつて獣を使役する術を持っていた芝生一族。その血に脈々と受け継がれている才能。
ふつうはせいぜい好意的になったり、親しみを覚えたり、モテモテになったりする程度。それこそイヌがイヌ好きの人に尻尾を振って懐くぐらいなもの。
しかし感受性が強いと影響力がモロにでる。それこそ自我がおかしくなるほどに。
直接触れられたらヤバい。
目を合わせたり、長いこと言葉を交わすのも危険。声を聞いているだけでトロンとしてくる。加えてニオイというかフェロモン攻撃まで備わっているから狭い空間で二人きりなんて論外。
「綾ちゃんが生徒たちから慕われているのは、彼女自身の性格や仕事熱心さもさることながら、じつは血の影響もあるのよねえ。ほら、うちってばけっこうそっち系統の生徒たちも通っているから」
高月東高校、教師と生徒、ともにぼちぼち動物が化けたのが混じっている。生徒に至っては各クラスに数人は必ずいるぐらいに。
「そんなわけだから、くれぐれも話を長引かせないように注意してね」
安満中さんからクギを刺されたところで、トントンと控えめなノックの音。
どうやら綾ちゃん先生が戻ってきたらしい。
◇
面談はめでたく保健室で行われることとなった。
双方テーブルにつきあらためて自己紹介ののちに、ウシ野郎の件についても「同僚がすっかり早とちりしてしまったみたいで、本当にもうしわけありませんでした」と深々と頭を下げられる。
その際にさらりと髪が垂れて、ふわんといい香り。
たったそれだけてクラっときた。直後に机の下で安満中さんがスネを蹴飛ばしてくれなければ危なかった。でも痛い。
そうそう。すっかりいまさらなのだがあのウシ野郎。名前を田島健介といい、案の定、体育教師にて柔道部の顧問で黒ウシの化けたもの。
でもってやたらと突っかかってきたのは、当人が脳筋で思い込みが激しい性分もさることながら、おれこと尾白四伯個人にも含むところがあったことが早々に判明している。
安満中さんが「災難だったわねえ」とケタケタ笑いながら教えてくれたところによると、あいつはああいう性格なので、とにかくあと先考えずに突っ走る。
それは教育現場のみならずプライベートにおいても同じ。
そんな田島が熱をあげていたお相手が、光瀬菜穂であった。
あの女医の正体はウシにて中身は狂気の塊だが、人化けしているときの外見だけはとびきりの美人だ。見た目だけはエロかっこいい。そのせいでモテる。三日に一度は誰かから告白をされるぐらいにモテまくる。
しかし解剖マニアなあいつは生きている相手に興味がない。
だから蠱惑の笑みにてこう告げるのだ。
「死んでから出直してちょうだい。そうしたらかわいがってあげる」
かくして見事に玉砕した田島。しかしなかなか諦められない。
で、あんまりにもしつこくて言い寄られて面倒になった光瀬が「ごめんなさい。私、もう心に決めた人がいるから」と告げたのがおれの名前だったと。
完全なるもらい事故。まったくもってヒドイ話である。
そんなかんちがいウシ野郎なのだが、ただいま教頭からこってり絞られており、のちほど連れだってご挨拶にくるとのこと。ぶっちゃけ謝らなくていいから、二度とおれの前にあらわれないでほしい。
えー、こほん。
いささか話が横道にそれた。そろそろ話を本筋に戻そう。
◇
真摯なまなざし。キリリと教師の顔となった綾ちゃん先生。
おれは違和感のない範囲で視線をそらし、どうにか彼女の小顔を直視しないように気をつける。
「それでですね、本日わざわざご足労いただいたのは洲本芽衣さんのことなのです」
深夜の商店街を自転車で爆走。繁華街を徘徊。歓楽街をみすぼらしいおっさんとうろつく。そのおっさんとむちむちプリンないかがわしいお店にいっしょに入る。ヘンな煙を吐き出す怪しげな雑居ビルに出入りしている。廃墟で大乱闘。バイクでクルマとカーチェイス……等々。
真偽不明だがこうも度々困った情報が伝わってくると、さすがに心配になってくる。特殊な事情を抱えた生徒でもあることだし、学校側としても一度、保護者の方ときちんと話をしておこうとなった次第。
おそろしいことにほとんど真実なのだが、さすがにこれを認めるわけにはいかないので、おれは当たり障りのない受け答えに終始する。
荒事関係は「はははは、他人の空似でしょう。あの芽衣にかぎってそんな」ととぼけ、お店関連については「あれは現場検証や証言を求めて開店時間外に訪問しただけ」ときっぱり言い切り、盛り場をうろついていた件に関しては素直に頭を下げて「不徳の致すところで、今後、二度とこのようなことは」と謝る。そしてビルからの煙については消火器の誤作動としておいた。
すらすらウソを吐き出すおれに、綾ちゃん先生は「そうだったんですね。よかったぁ」と安堵の表情。その様子からして微塵も疑ってはいないようだ。
けれどもいっしょになって話を聞いていた安満中さんは、めちゃくちゃジト目になっていた。たぶんこっちは微塵も信じちゃいないのだろう。
おれは綾ちゃん先生から見えないところで、自分で自分の手の甲をつねりつねり。
ともすれば飛びそうになる理性を留まらせて、どうにかこうにか危難を乗り越えることに成功する。
面談は終わった。
あとは形式的に謝罪を受けて、とっととおさらばするばかり。
だがしかし……。
『ガシャン!』
ガラスが派手に割れる音が突如として鳴り響く。
「なんだ?」「なに、いまの音」「えっ、えっ」
おれと安満中さんと綾ちゃん先生は顔を見合わせる。
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