62 / 1,029
062 芝生一族
しおりを挟む放課後の校門前でいざこざが起きれば、当然ながら下校中の生徒たちの多数が目撃する。
そしてこれまた当然ながら職員室に駆け込む生徒もいるわけで。
すると「こらーっ!」と駆けつける先生たちもあらわれる。
おかげでおれはウシ男から解放されるも、腰がアイタたた……。
うぅ、できればもう少し早く来てほしかった。
呼び出されたからわざわざ足を運んだというのに、この仕打ち。
ふつうであれば激昂もの。
なのにおれは怒らない。いや、内心ではプンプン、憤まんやるかたなしであった。それこそ「責任者出てこい!」と怒鳴り散らしかねないほどに。
けれども「大丈夫ですか?」と声をかけ、「すぐに保健室に案内します」と肩を貸してくれる女人に触れたとたんに、ふにゃんとなった。
おれは困惑する。牙を抜かれるとか、爪を引っ込めるとか、そんなレベルじゃねえ。意気地を根こそぎ刈り取られるような……。
この時の気分を例えるならば、イヌが愛しの飼い主に存分に甘えて目をトロンとさせるかのごとく、あるいはネコが好物のマタタビを前にして悶えてうねうねするように。もしくは少年が憧れの年上のお姉さんを前にしてモジモジするかのような。
そんな複雑に入り交じるつつも、けっこうシンプルな感情が沸き、ウシ男に対するしょうもない怒りなんぞはどこぞにさらりと流れて消えてしまった。
なんだコレは?
戸惑いを抱えつつ、おれは彼女にされるがままに保健室へと連れて行かれる。
◇
放課後の保健室。
いきなりベッドに連れ込まれて、上着をひんむかれて、ズボンをお尻までずりおろされて、バシンと張られたのは湿布。冷やっこい!
やったのは保健室の先生のごついオバちゃん。
ダルマさんにパンチパーマのかつらをかぶせたような容姿。ヒョウ柄のシャツとかめちゃくちゃ似合いそうな彼女は名前を安満中さんといい、その正体はイノシシ。
そしておれをここまで運んでくれた心優しきべっぴんさんは、おれの尻がポロリした時点で「ご、ゴメンなさい! 私、用事がありますから、あとでまた来ます」と顔を真っ赤にして出て行った。
痛む腰にじんわり染みる湿布。
治療を終えておれは身なりを整えつつ、安満中さんに「ちょうどいい。訊きたいことがあるんだが」と話しかける。
「なんだい? あいにくと既婚者だからデートは無理だよ」左の薬指にめり込む指輪をみせる安満中さん。「でも焼肉か寿司のランチならば付き合ってあげなくもないよ。もちろんあんたのおごりで」
「いや、そうじゃなくって。訊きたいのはさっきの……」
「あー、綾ちゃんね。とってもいい子だけど、あの子はあんまりオススメしないわよ」
「それって、さっきおれが感じたふしぎな感覚に関することか。なんていうか、いきなり腰砕けにされちまった。こんなのは初めてだ」
柔道六段のウシ男の投げ技なんて目じゃねえ。身も心もキレイさっぱりスパンと払われた。彼女に抱きつかれて、上目遣いで「ねえ、ダメかな」とかおねだりされたら、指輪でもバッグでも何でも買い与えてしまいそう。
だからとて惚れたはれたとはちがう。だからこそこの感情の正体がわからずにおれはモヤモヤしている。
そんなおれをジト目で見つめる安満中さんが「やれやれ」とタメ息。
「そう。あなたって、見た目よりもずっと感受性が強いみたいね。見た目はさっぱりまったくぜんぜんアレだけど」
何やらくり返しディスられているような気がしなくもないが、そこはあえてスルー。
するとようやく安満中さんが教えてくれた。
「あの子の名前は芝生綾。芝生一族の血を現代に伝える者」
忍者といえば、あまり詳しくない者でも伊賀だの甲賀だのという名前ぐらいはすぐに出てくるだろう。
一方で知名度がほとんどないマニア向けの一族なんかも多数存在している。
芝生一族もまたそのうちのひとつ。
というか知ってるマニアを探すのが至難なほどの、どマイナーっぷりを誇るのが芝生一族。
なにせロクすっぽ活躍していないのだから、それも無理からぬこと。
ただしそれは人間側の視点から見ればの話。
これが動物側となると事情がいささか異なってくる。
たしかに芝生一族は歴史の表舞台にも裏舞台にも、楽屋どころか客席にすらも顔を出してはいない。だからとて弱いのか、無能なのかというとさにあらず。
むしろ強大なチカラゆえに、意図的に市井へ埋没していたからこそ現代にまで生き残れたのだ。
そのチカラはいくつかあるが、動物たちをとくに警戒させたのが「獣を使役する術」である。いかなる暴れ馬をも瞬時に手なずけ、猛るウシを片手でいなし、ときには一度に何万羽ものトリたちを操ってみせたとも伝わる。
ただ歴史の紆余曲折を経て術そのものはとっくに忘却の彼方へと失せており、当の綾も自分がそんなすごい一族の血を引いていることすら知らない体たらく。
◇
説明を終えた安満中さんが、冷たい水の入った紙コップを差し出す。
受け取ったおれはこれをゴクゴクいっき飲み。
「そうか、彼女があの芝生一族の末裔だったのか。どおりで……って、ちょっと待て。術はとっくに失われているんだろう? だったらどうして」
「さぁてねえ、それこそ血のなせる技ってことなのかも」
「血のなせる技って、マジかよ」
術を使わず、当人も自覚なく、ただ触れただけですっかり骨抜きにされる。あらがうという意識すらも抱けない、あのすさまじい影響力。
もしも現代に術が伝わっていたらと想像すると、おれはゴクリ。天敵の二文字が脳裏に浮かぶ。
潤おしたばかりのはずのノドがやたらと渇きやがる。だからおれはもう一杯水をごちそうになり、どうにか落ちつきを取り戻した。
というか、そんなスゴイ綾ちゃん先生とおれはこのあと面談をするわけだ。
………………おっさん、超ピンチ!
ダメだダメだダメた。二人っきりは絶っ対にダメ。
助っ人がいる。彼女の影響力があまりおよばない鈍いのが。
しかしとっさにそんな都合のいい相手は思いつかない。
こうなればとりあえず芽衣を呼び出して……と思ったのに愛用のパカパカガラケーがウンともスンともいわない。
どうやら奈良からこっち、ハードワークの連続にきてさっきのウシ男の投げ技でトドメを刺されてしまったようだ。
なんてこったい!
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
稲荷狐の育て方
ススキ荻経
キャラ文芸
狐坂恭は、極度の人見知りで動物好き。
それゆえ、恭は大学院の博士課程に進学し、動物の研究を続けるつもりでいたが、家庭の事情で大学に残ることができなくなってしまう。
おまけに、絶望的なコミュニケーション能力の低さが仇となり、ことごとく就活に失敗し、就職浪人に突入してしまった。
そんなおり、ふらりと立ち寄った京都の船岡山にて、恭は稲荷狐の祖である「船岡山の霊狐」に出会う。
そこで、霊狐から「みなしごになった稲荷狐の里親になってほしい」と頼まれた恭は、半ば強制的に、四匹の稲荷狐の子を押しつけられることに。
無力な子狐たちを見捨てることもできず、親代わりを務めようと奮闘する恭だったが、未知の霊獣を育てるのはそう簡単ではなく……。
京を舞台に繰り広げられる本格狐物語、ここに開幕!
エブリスタでも公開しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる