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053 道端のビニール袋
しおりを挟むマンガやアニメ、ゲームなんかではおなじみの獣人。
だが実物は「ケモ耳萌え~」などという要素は皆無。
世の理から外れた存在。さりとて妖とはちがう。連中には得たいが知れないがゆえの怖さがある。けれども弧斗羅美が変じた獣人には理解できるがゆえの恐怖が備わっている。
森林の王者トラとしての畏怖。
人の身が持ち合わせている賢さ、狡さ、器用さ、勇気などその他もろもろ。
連綿と積み上げ、磨き続けてきた武。
おれたち狩られる側は、捕食者である大型肉食獣の怖さを本能で知っている。産まれる前から魂の奥底に刻み込まれている。
おれたち動物は長い歴史の中で、人間がいかに残酷で、どこまでも冷酷になれるかをよく知っている。ヤツらは戯れに生き物を殺し、滅ぼす。それこそトラほどの強者すらをも絶滅危惧種にしてしまうほどのチカラを持つ。
単体ではまちがいなく最強クラスの生き物と、万物の頂点に君臨し母なる星すらをも喰らい尽くそうとしている生き物。
そんな二つが合体した獣人が一歩前へ。
周囲にて戦いの行方を遠巻きに眺めていた連中の輪がザーッと一斉に後退した。
トラの獣人がさらに一歩動き、二歩と続く。
ケガを負っているはずの右足を軽く引きずっている。にもかかわらず、少しも損なわれることのない威風堂々ぶり。
「ひいっ」
誰がもらしたのかはわからない。その小さな悲鳴が引き金となった。
我先にとこの場から泡を喰って逃げ出すシカたち。現場はたちまち大パニック! もはや嫁獲り競争どころではない。
というかレースの方はどうなった?
いまさらながらに、おれがそんなことを考えているうちにも蜘蛛の子を散らすシカたち。
あっというまに誰もいなくなり、残るはトラの獣人とおれが化けたコンテナトラック、その上にいる芽衣のみとなる。
すっかりガランとしてしまったところで、気づけばトラックのすぐ側に立っていた獣人。おもむろに拳をふるう。
型も重心もあったものではない。ただ乱雑にふるわれたモノ。
だというのに大型トラックの車体が宙に浮く。すべてのタイヤが地面から離れた。とてもこらえきれない。大きく傾き、そのまま倒れ、ゴロンと一回転してようやく止まった。
暴走する過積載のダンプカーに跳ね飛ばされたかのような衝撃。「ぐはっ!」
たまらずおれの化け術がとける。いっそ意識もどこぞに飛んでくれればまだ楽だった。おれは全身を駆け巡る痛みにのたうち回る。
そのさなかに目撃したのは、トラックが吹き飛ばされる直前に跳躍し難を逃れた芽衣をトラの獣人が追撃、宙で捉えて豪快に蹴り飛ばす姿。
「きゃん」
悲鳴を残しタヌキ娘が夜空から消えた。
おれはうつ伏せとなり、ぐぬぬぬぬ。手をつきどうにか根性で上体を起こし芽衣の姿を探す。
すると芽衣は三十メートルほど向こうの地面にてうずくまったままピクリともしない。
人化けはまだとけていない。このことからとりあえず死んではいないみたいだが……。
そんな瀕死のタヌキ娘のもとへと向かうトラの獣人。
人としての理性よりもトラとして獣性が勝っているのか。「ふぅふぅ、ガルル」とずいぶん鼻息が荒い弧斗羅美。呼吸がかなり乱れている。もしかしたらこの変態技は高威力な分、相応の反動があるのかもしれない。
しかしこのままだとマズイ。おれはズタボロの体にムチを打ち立ち上がると、よろよろ駆け出し、そのまま獣人の背へと体当たりして「変化!」
ドロンと化けたのはゴツイ鎖。ぐるぐるからみつく。
当然ながらこれをイヤがり暴れだすトラの獣人。
とんでもない膂力。鎖がミシリミシリきしむ。
「おいっ! もう勝負はついてる。だからヤメろっ」
懸命に訴えかけるも返事はない。
ダメだ。トラ女の目が充血して完全にイッちまっている。彼女におれの声は届かない。
獣人の手が鎖をむんずと掴む。無理に引き千切るのをやめ、剥がしにかかる。
こうなるといろんなモノに化けられるけれども、自分ではロクに動けないおれの術ではとても太刀打ちできない。
たちまち拘束をほどかれ、ブンブン振り回され、そこいらに鎖の身をガンガン叩きつけられるハメに。
そしてあろうことかトラ女はおれを使って動けない芽衣を殴打しようとした。
助ける相手を自ら傷つけては本末転倒。
鎖が芽衣のカラダに当たる寸前に化け術をとく。
これにより芽衣との衝突は避けられたものの、足首を掴まれたままのおれは顔面から地面へと叩きつけられることに。
◇
「アハハハハハハハ」
何が楽しいのかトラの獣人が笑っている。
笑いながらおっさんの足首を掴んでは、高らかに持ち上げ、これをそこいらに叩きつけるをくり返す。
もう何度目だろうか。痛みは感じない。なのにおれの意識はかろうじて保たれている。ボロ雑巾のようにされていく自分を冷静に見つめている自分がいる。意識と肉体が乖離している? なんともふしぎな感覚だ。
ふと思い出したのは、かつて淡路は洲本家にやっかいになっていた頃の記憶。
狸是螺舞流武闘術に仮入門して、わずか二十分にて師範から愛想をつかされて破門されたときのこと。
葵のバアさんが言っていたっけか。
「ここまでダメダメなやつははじめて見たよ、あきれた。でもヘンなところだけやたらとしぶとい。まったくうちのダンナもまた妙ちきりんなのを拾ってきたもんだねえ」
根性があるとか、粘り強いとか、へこたれないとか、カラダが丈夫とか、精神がタフだとか……。そんな類の肯定的な意味ではない。
例えるならば道端に落ちているコンビニのビニール袋。
まぁ、ゴミだ。そして誰も拾わなければ、かなり長いことそのままで居座り続ける。どれだけ蔑まれようと、邪険に扱われようと、知ったこっちゃねえとのんべんだらり。
そういう「しぶとい」である。
でもって、そいつがいままさに絶賛発揮されているらしい。
だがそいつもそろそろ限界が近い。なにせ中身はともかく器の方が先に限界を迎えそうなのだから。
しかし、そんなつまらないモノでも役には立つようだ。
視界の片隅にてピクリと動いたのは、ずっと倒れたままであった芽衣の指先。
まったく、うちの助手はとんだ寝坊助さんだぜ。だがこれでどうにかアイツだけは逃がしてやれそうだな。
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