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044 親の因果が子に祟る
しおりを挟む入り組んだ街の中、車幅ギリギリの細い路地を疾走する白のライトバン。
運転席に座る相手をおれはおもわず二度見!
メイドさんがハンドルを握っていた。ちゃらちゃらした雰囲気は皆無。たぶん本物だ。
そんなメイドさんからバックミラー越しに目礼をされて、おれはちょっとドギマギ。
「あっ、あなたは」
驚く一条卯之助。どうやら彼は彼女のことを知っているらしい。
だが「ご挨拶はのちほど」とメイドさんがぴしゃり。
運転に集中したいのだろう。察したおれたちはおとなしくシートに身を預ける。
まぁ、カラス女がどっかと後部座席にてふんぞり返っていることからして、ここは任せていいのだろう。
なお芽衣は空腹ゆえにぐったりしている。うまそうなニオイだけをかがされて、食べそこねた天理ラーメン。殺生な目にあわされてよほどこたえたようだ。その気持ちはおれにもよくわかる。
◇
ライトバンがどこをどう進んでいるのか皆目見当もつかない。
ただでさえ土地勘のないところに加えて夜間、しかも抜け道や裏道の類を選んで走っているからなおのこと。
四十分ほども走っただろうか。
ようやくクルマが停まったのは、とある寺の裏手。
メイドさんに案内されるままに通されたのは、敷地内にある離れの一室。
タタミにて十畳ほどの部屋。文机があり、丸窓があり、床の間があり、一輪挿しやら掛け軸やら。障子を開けた向こうに見える中庭にはコケむした景色と小池があって、時おり鹿威しがカコンと鳴る。
いかにも時代劇に登場しそうな場所に匿われたのは、おれこと尾白四伯、タヌキ娘の洲本芽衣。カラス女の安倍野京香、シカ青年の一条卯之助。
ここまでおれたちを連れてきたメイドさんは、しばし姿を消していたと思ったら、食べ物が入ったビニール袋を持って戻ってきた。
「すみませんが、ヘタに飲食店に出前を頼むとここを嗅ぎつけられる恐れがありますので、本日のところはこれでガマンしてください」
出し並べられたコンビニ弁当を前にして、おれは嘆息。「やれやれ。結局こうなるのかよ」
しかし背に腹はかえられないのでありがたく頂戴する。「いただきます」
◇
和気あいあいとは程遠く、ガツガツ飢えた野良犬のごとく無言で食事をすませたおれたち。
腹がくちたところで、ようやく自己紹介とあいなった。
「宇陀小路瑪瑙です。以後お見知りおきを」
そう名乗って静かに頭を下げたメイドさん。シカが化けている女性。
黒髪を三つ編みに結っており、銀縁メガネがたいそう凛々しい。いかにも仕事のデキる大人のメイドといったたたずまい。所作も洗練されている。
ロングスカートのシックなデザインの衣装には、余計なひらひらは一切なし。華美は最小限にとどめあくまで機能が優先されている。
年齢はちょっとわからない。見た目だけならば二十代後半、でもその落ちつきぶりからは四十前後の大人の女の色気を感じさせる。とにかくミステリアスなメイドさんだ。高月の歓楽街にいるなんちゃってもどきとはモノがちがう。
そんな瑪瑙さんなのだが……。あー、これって当人がそう呼べといったからであって、けっしておっさんが図々しくも馴れなれしくしているわけじゃないから。
で、この瑪瑙さん、じつは鹿島家のお嬢さま、紗月さん付きのメイドさん。
瑪瑙さんがどうしておれたちを助けてくれたのかというと。
阿呆な父親の思いつきによって、嫁獲り競争の景品にされてしまった哀れなお嬢さまは現在、屋敷にて絶賛軟禁状態。
そんな彼女の耳に聞こえてきたのが葛王司(かつらおうし)の卑劣な行いの数々。
ふつうであればこんな不正は許されないはず。
が、そこはそれ、しょせんは動物のすることなので。
それもこれも実力のうちと開き直られては、「うーん」となってしまう。
惜しむらくは伝統行事の規約のどこにも「やっちゃダメ」とは書かれていなかったこと。
もしかしたらそのせいで毎度毎度トラブルが起きて、伝統行事というわりには長らく実施されていなかったのでは? と勘繰りたくなるほどのザル具合。
だからとて、よもやそれを逆手にとって臆面もなく卑怯な手段に走ろうとは。
ぶっちゃけ葛王司は男の株をさげまくっており、底を打っているような状況。そのせいで裏では「クズ王子」と揶揄されているほど。
ふつうの神経であればこんな屈辱にはとても耐えられない。だがヤツの暴走は止まらない。
実家をも巻き込んで、あちらこちらに圧力をかけてのやりたい放題。
そうまでして紗月を手に入れたいのか、たんに意固地になっているだけなのかはわからない。だが、とにかくまともじゃない。
そしてそんなことに奈良はシカ王国屈指の名門の家が、どうして加担しているのかというと、因縁は父親の代にまでさかのぼる。
クズ王子の父親もまた、かつて若かりし頃にとある一頭の牝シカに恋焦がれたことがあった。
それが誰あろう紗月の母親であったのだ。
が、結果はごらんのとおり。
つまりクズ王子の父親である葛家の現当主としては、かつて自分に煮え湯を飲ませたにっくき恋敵が、鹿島紗月の父仁左衛門であったわけ。
これにブチリと切れた。「父子そろってバカにされてたまるかっ!」
かつて自分は叶えられなかった想いを息子には遂げさせてやろうという、親心というよりかは完全にみっともない逆恨みの私怨。
かくして馬鹿と阿呆がくんずほぐれつ。奈良はえらいこっちゃ、という状況に。
そんなさなかに幼馴染みの一条卯之助の身が危ういと知り、紗月の命を受けて瑪瑙さんが窮地に馳せ参じたという次第。
瑪瑙さんから話を聴いた一条青年は「えっ、紗月がボクのために」なんて喜色を浮かべるものの、おれはげんなり、芽衣はスピーと途中から鼻ちょうちん、でもってカラス女は「みんな死ねばいいのに」とぼそり。
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