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043 名物いっぱい
しおりを挟む「あらよっと。ねえねえ、四伯おじさん」
「なんだぁ、芽衣」
「奈良の名物ってなんですか? むかし小学校低学年のころに一度だけ学校の遠足できたことはあるんですけど。覚えているのって大仏だけなんですよねえ。あとはなんか近くにあった柱の穴をくぐったような記憶も」
「あー、まぁ、そうだなぁ。例えば……」
名物は大仏だけといわれる奈良だが、じつはそんなことはない。
四季折々が楽しめる豊かな自然。
それと調和したしっとり落ちつきのある古都の街並み。
由緒正しい寺社仏閣は数多あり、霊験あらたかな仏像数知れず。
食べ物だっていろいろある。奈良漬け、三輪そうめん、柿の葉寿司、茶粥、草団子、大和牛、鳥ガラの出汁に牛乳を加えたまろやか飛鳥鍋、その色白く味もはなはだ上品と評される吉野本葛を用いた、葛もち、葛切り、葛湯などなど。氷室神社を中心にして行われるかき氷イベントもクールだが激アツ。五徳味噌を塗って焼きあげたみそせんべえ、白菜たっぷりの天理ラーメン……。
「へぇー、わたし葛切り食べたいです。あとかき氷も。ピチピチの女子校生たるものスイーツは欠かせません。って、ミワちゃんも常々言ってますから」
いいながらポカリと向かってきた相手を殴り飛ばしたタヌキ娘。
周囲にはすでに六人ほど悪漢がのされて転がっている。どいつもこいつも狙いは一条青年にかけられた賞金。
閉館時間ギリギリまで粘るものの、ついに興福寺から追い出されたおれたち一行。
境内から表に出たとたんにこのザマである。
でもってカラス女はいまだに連絡なしの出ずっぱり。
ちなみにミワちゃんとは芽衣の高校の友だちの山崎美和子のこと。生粋の人間にて自分の周囲にいる数少ない常識人らしい。あいにくとおれはまだ会ったことはないが、メガネが似合ういかにも文学少女風のいい子らしい。
「にしてもしつこい。京香のやつは何をぐずぐずしていやがる」
タバコの煙をぷかぷかさせながら、おれがグチっていると芽衣が「お腹が空きました」と泣き言をいいだした。
いかに狸是螺舞流武闘術の免許皆伝の猛者とて、腹が減っては戦はできぬ。
そこでどこぞで腹ごしらえでもしようかと店を探すも、軒並みクローズ。
「おいおい、どうなっていやがる? まだ十八時ちょいだぞ。なんでどこもかしこも閉まってるんだよ。高月でも二十一時ぐらいまではやってるってのに」
おれは周囲をキョロキョロ。
なんてことだ。あらかた店先の灯りが落ちてしまっている。
「すみません。この辺は観光客目当てのお店ばかりですから。寺社が閉まるのに合わせて、飲食店は早々に終わってしまうんです」
一条青年の言葉におれと芽衣は愕然。
まさか奈良くんだりにまで出向いて地元の名物のひとつも食べられないだなんて。そんなのあんまりだ!
そりゃあコンビニの弁当でも腹は膨れるさ。
でも心の栄養がぜんぜん足りない。
「そうだ! だったらラーメン屋に行きましょうよ、四伯おじさん。さすがにそこならやってるはずです。こうなればせめてご当地ラーメンを食べましょう」
「おぉ! ナイスアイデア」
「あっ、それだったら自分の行きつけのラーメン屋に案内しますよ。味は保障しますから」
一条のありがたい申し出を受け入れて、おれたちはよろこび勇んでそのお店へと。
だが、空腹と疲労、それに奈良のちょっと寂しい夜がおれたちの判断をあやまらせてしまったようだ。
◇
夜陰に浮かぶ灯りに蛾が吸い寄せられるように、ふらふらとラーメン屋へと近づいたところで、多勢に囲まれる。
くそっ、どうやら待ち伏せをされたらしい。
さすがは地元の連中だ。余所者がどういう行動をとるのか読み切りやがった。
頼みの綱のタヌキ娘は、漂ってくるうまそうなラーメンのニオイにて気もそぞろ。こりゃあ、ダメだ。
「えー、ちなみに卯之助くんってば、見た目によらず実はケンカが超強かったりとか」
「いえ、めちゃくちゃ弱いです。変化しての走り勝負ならともかく、殴りあいだったらそのへんのガタイのいい中学生にも負けるかも」
「そうか、奇遇だな。おれもだ」
「………………」
連中は芽衣を警戒しているらしく、いきなり襲いかかってくることはない。
それでもじりじり狭まる包囲網。
こうなりゃあ、化け術で切り抜けるしかないか。
おれは覚悟を決めてドロンとしようとする。
だがそのとき、突如として現場に乱入してきたのは白のライトバン。
悪漢どもを蹴散らし、すぐそばにて停車。
勢いよくスライドドアが開き、中から「乗れ、四伯!」との声。カラス女だ。
おれはふらふらしているタヌキ娘の襟首をつかみ、開いてる方の手にて一条青年の腕をひっぱり、「いくぞっ」
三人が団子になってなだれ込んだところで、ライトバンが扉を開けっぱなしのままで急発進!
ドタバタ揺れる車内。あやうく転がり落ちそうになって、おれはあわててスライドドアを閉めた。あぶねー。
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