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041 嫁獲り競争
しおりを挟むおれとタヌキ娘とシカ青年が楽しく談笑をしていたら乱入者が登場。
ドカっと探偵事務所の扉を蹴飛ばして入ってきたのは、不良刑事のカラス女である。今日もかわらず全身を黒でコーディネート。
カラス女はツカツカ無言で近づくなり、いきなりシカ青年こと一条卯之助の頭をポカリと叩く。けっこう強め。
「うぅ、痛いです」
涙目になる一条青年。
「あははは、じゃねーんだよ! てめえ、よけいなめんどうを持ち込みやがって」
安倍野京香がいつにもまして機嫌が悪い。
「何をそんなにカッカしていやがる。黒鉄の幽霊騒動は解決したし、おまえはリベンジを果たした。高月警察の面子も保たれて万々歳だろうが」
さすがに見かねて注意するとブゥン、回し蹴りが飛んできた。
おれはのけぞりあわやのところで黒クツの尖ったつま先をかわす。
「あっぶねー。いきなり何しやがる! これが昨夜、ズタボロになるまでがんばった功労者に対する仕打ちか」
「ふん、終わったことをいつまでもネチネチと。そんなケチな性分だから、てめえはいつまでたってもモテないんだよ」
「なっ、都合の悪いことはポロポロ忘れるトリ頭のおまえにだけは言われたくねえ」
「だれがトリ頭だこらぁ! 上等だ、やってやんよ。表にでやがれ」
おとなげない大人たちが一触即発。
部屋の隅に避難してビビるシカ青年。
そこに「まあまあまあ」と割って入ったのは芽衣。手にはいつのまに持ち出したのか、冷蔵庫に入れておいたはずの缶ビールの姿が。
ちらりとラベルを確認したカラス女。芽衣の手より缶をひったくりプシュっと開け、勤務時間中にもかかわらずグビグビグビ。
「あーっ! そいつは楽しみにとっておいたプレミアムなヤツじゃねえか。どうせ出すんなら安い方にしろよっ」
というおれの抗議はまるっと無視して芽衣は話を進めようとする。
「で、さっきから京香さんはいったい何をカリカリしているんですか?」
一気飲みしたカラス女。
げふっと遠慮のないゲップののちに、空き缶をクシャリと握りつぶし「じつは……」
◇
自分の庭先で好き勝手に暴れていたシカを捕まえた安倍野京香。
被疑者を確保したものの、しょせん相手は動物の変態。人間の法で裁くといろいろ踏む手続きが煩雑にてとってもたいへん。
そこでとっとと奈良に送り返そうと、先方の担当に連絡を入れたのだが。
ちなみに担当とは各地に配置されている動物の案件を専門にあつかう者のこと。
何かあればそこを通して話をつけることになっている。
「あー、それはご迷惑をおかけしましたぁ。じつは近々、嫁獲り競争がありましてぇ。一条家のボンはいろいろありましてねぇ。どうやら修行がてらそちらにお邪魔していたみたいですわぁ」
担当からそんなことをつらつら語られたあげくに、やれ準備がたいへんだの、調整がしんどいだの、誰それがやかましいだの、最近娘が口をきいてくれないだの、グチを延々と聞かされ「それじゃあ、お手数ですが、連行の方よろしくお願いします」と告げられる。
これには電話口にて安倍野京香も目が点となった。
「いやいやいや、連行って何を大袈裟な。子どもじゃあるまいし、ひとりで帰れるでしょうに」
何やら雲行きが怪しい。イヤな予感がする。
そう感じた安倍野京香は、とっとと話を切りあげて厄介払いをしようとするも、なんのかんのとゴネられる。日頃から動物案件をこなしている担当だけあって手強い。
どうやら先方は是が非でも一条卯之助を放り出すのではなくて、ちゃんと連れてきて欲しいらしい。
いいところの家のボンボンだからとも考えられるが、それならそれで家の者が迎えに来ればすむだけのこと。なのにそっちへは話を持っていこうとしない。
絶対に何か裏がある。
かといってうかつにその部分に触れようものならば、たちまち藪をつついて蛇がニョロニョロ顔を出すのにちがいあるまい。
なにせ奈良のシカにかかわるとロクなことがない。
電話口でのすったもんだの押し問答がしばし続く。
で、ついに担当は聞きたくもないのに事情を一方的に説明しはじめたものだからたまらない。
「おい、ちょ、ちょっと待て!」
安倍野京香の抗議は、聞こえないふりにて受け流される。
そして担当より語られたのは、とあるイベントにまつわるキナ臭い話。
◇
奈良はシカ王国の嫁獲り競争。
それは古くから続く伝統行事。
とはいえ開催されるのはじつに二十年ぶりのこと。
その名のとおり、嫁をかけての駆けっこ競争。ぶっちゃけ今の時代にそぐわない。なのに開催される運びとなったのには事情がある。
これに深くかかわってくる人物ならぬ、シカが三頭。
一頭目は、鹿島紗月。
今回の競争の景品にされた白シカにて、当代随一のべっぴんさん。
鹿島家はシカ王国でも屈指の名家。つまり紗月はいいところのお嬢さま。加えて性格もおしとやかな大和撫子ときては、そりゃあ、もうモテまくり。
そのせいで求婚話があとを絶たない。かといってあちらを立てればこちらが立たず。方々よりやいのやいのと突き上げを喰らい、すっかり困り果てた鹿島家当主が「こうなったら」と競争の開催を宣言する。
二頭目は、一条卯之助。
かつては鹿島の家に仕えていた歴史を持つ家系にて、その縁もあって紗月とは幼馴染みの関係。少々頼りないところもあるが気の優しい青年。
紗月とはつかず離れずにて、なんとなくいい雰囲気。けれども生来の気弱さのせいでいまいち煮え切らない。
三頭目は、葛王司。
葛家もまたシカ王国では有数の家柄。加えて王司は生まれながらに体躯に恵まれ、見た目もよく、周囲からちやほやされて育ったもので色々とかんちがいをして育つ。
自信家で手のつけられない乱暴者。
そんな牡シカの自慢の角をべきっとへし折ったのが紗月。
とあるパーティー会場でのこと。
公衆の面前にて「おれの女にしてやる」との堂々の告白に「ほほほほ、お戯れを」と袖にされての赤っ恥。
以来、王司は彼女に対して異常な執着をみせるようになる。
「で、困ったことに、どうしても紗月をモノにしたい王司のやつが裏から手を回し、金やら手下を使って次々と有力なライバルたちを懐柔したり排除しているみたいで」と担当。
一条卯之助も狙われているらしく、のこのこ戻ればきっとタダではすむまい。
それゆえの同行依頼であったのだ。
安倍野京香は「ほらみたことか、やっぱりめんどうなことになった」と頭を抱えた。
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