おじろよんぱく、何者?

月芝

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040 アニマルジョーク

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 高月は南端に位置し、東西五キロにも渡ってのびている直線道路。近在の走り屋どものたまり場。
 通称「竜骨」にてくり広げられたデッドヒートを制した翌日。
 お昼時の尾白探偵事務所。
 つけっぱなしのテレビ画面の中ではワイドショーが放送中。
 映っていたのは街中にあらわれたクマが大暴れ、やむをえずに射殺されたというもの。
 おれたち動物にとってはなかなかのショッキング映像。
 だというのに、そいつを眺めながらカップ焼きそば大盛りをムシャムシャしていたのは芽衣。
 現役女子高生がどうしてこんな時間帯に事務所にてカップ焼きそばを豪快にかっ喰らっているのかというと、彼女の通う高月東高校は創立記念日で休みだから。

「ねえねえ、四伯おじさん」
「なんだ?」
「ほら、人間たちってばよく太閤さんをサル、権現さまをタヌキとかに例えていますけど、本当のところはどうだったんですか?」

 クマの映像となんら脈絡のない話題。
 包帯ぐるぐる巻きのミイラなおれはいささか面食らうも、カップラーメン大盛りしょうゆ味の汁をズズズ。

「あー、その問題ね。あれはそうさなぁ」

  ◇

 かの織田信長にみいだされ、これによく仕え、本能寺の変にて主人が明智光秀の裏切りによって非業の死をとげると、颯爽と敵討ちをはたし、あれよあれよというまに戦国乱世を制して天下人となった豊臣秀吉。
 功名立志伝の代名詞みたいな人物で、人々は彼を太閤さんと呼び親しんでいる。
 そんな太閤さんの辞世の句は、「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」であった。
 意味をゆる~く要約すると「なにしたって死ぬんだよ、ばかやろうこのやろう」みたいなこと。
 そんな豊臣秀吉とともに同じ時代を駆け抜けた男。幼少期より波乱万丈、艱難辛苦の連続。辛酸をなめ尽くした末に、秀吉の死後にようやく巡ってきたチャンスにすべてをかけたのが徳川家康。
 恥も外聞もかなぐり捨てて、しゃにむに豊臣家を滅ぼす。
 それから江戸幕府を開き、以降数百年にもおよぶ天下泰平の時代の礎を作った。
 死後、日光東照宮に祀られて神格化。それにより権現さまと呼ばれて敬われている。
 なお家康旗下の三河武士たちは、その忠勤ぶりから「イヌのように忠実」と敵から言われていたんだとか。
 そんな権現さまの辞世の句は、「先に行く あとに残るも 同じこと 連れて行けぬを わかれぞと思う」であった。
 意味をゆるゆるに要約すると「いろいろあったけど、けっこうおもしろくなかった? じゃあな、バイビー!」みたいなこと。

  ◇

 でもって、芽衣がたずねてきたのは歴史の真相やいかに?
 ということ。
 我ら動物たちは古来より化け術にて、いろんなモノに化けたり、人に化けては里やら街中に潜り込んでいたりするし、いまもしている。
 そしてサルたちは酒などが入ると、ことあるごとに自慢するのだ。

「おれたちの仲間はかつて天下を獲ったんだぞ。どうだ、まいったか」

 すると酔っぱらったタヌキたちも負けじと自慢する。

「しょせんは一代限りの短命政権じゃねえか。比べておれたちの先祖ときたら立派なもんよ」

 たまにサルに似ているとか、タヌキに似ている、あるいはアルパカに似ているなんぞと他人からいわれる人間がいる。
 実際のところよく似ているケースもあれば、なんとなく薄く、雰囲気だけがそれっぽいというケースも多々。
 かといってそれらの全部が全部、おれたちの同類が化けているわけじゃない。
 そして問題の太閤さんと権現さまなのだが……。

「わからん。しかし、しょせんはエテ公と毛玉の言うことだしなぁ」

 十中八九、九分九厘、眉唾。
 なにせモフモフどもときたら、基本的に目先のことにしか興味がないもの。
 今日、お腹がいっぱいにて、明日もいっぱいだったらうれしいな、的思考の持ち主。
 それが天下国家?
 ないない、ありえない。埋蔵金伝説のほうがまだ信じられる。
 とどのつまりはアニマルジョーク。
 これがおれこと尾白四伯の公式見解である。
 それを教えられた芽衣は「やっぱりそんなもんですよねえ」とケタケタ笑う。
 するとソファーの隅っこにて背を丸めながら、コンビニで買ったレタスたっぷりサンドをもそもそ食べていた青年。急に顔をあげて「あー、その手の話ならばうちにもありますよ。なんでも柳生十兵衛はシカだったそうです」と言った。

 柳生十兵衛とは江戸時代初期の剣豪として有名な人物。
 隻眼の剣士にて、柳生新陰流の達人。時代小説やら時代劇でもおなじみの人気者。だがその勇名とは裏腹に彼の生涯は多くのナゾに包まれている。
 ちなみにそんな与太話をぶっ込んできた、このひょろっとした色白な細面の青年。
 名前を一条卯之助いちじょううのすけ
 彼こそが竜骨で暴れまわっていた黒鉄の幽霊にて、その正体は奈良のシカ。
 昨夜、おれにドラッグレースで負け、とんずらしようとするも芽衣にクツを投げつけられてふらふらしているところを、後頭部にカラス女の怪鳥蹴りを喰らってノックアウト。
 身柄を確保されたのちに、尾白探偵事務所に担ぎ込まれて現状へと至る。
 ではどうしてうちなのかというと、カラス女の言い分はこうだ。

「おまえはバカか? 生きたシカなんぞ留置所に運び込めるわけがないだろう」

 かくして傷だらけのおれと目を回しているシカの一条青年は、解剖マニアの光瀬菜穂女医がいる路地裏の診療所へと運ばれツケで治療を受けたのちに、仲良く帰宅したというわけ。
 でもって話してみると、ちょっと気弱だけれども礼儀正しい好青年。
 すっかり打ち解けたというわけさ、ははははは。


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