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033 人と動物と妖と
しおりを挟む尾白探偵事務所にて、深夜の大捕り物の話を終えた安倍野京香。
それを聞き終えたおれはカラス女に言ってやった。
「そいつはご愁傷さま。だがそれとうちに催涙弾を投げ込むのと、いったい何の関係がありやがる」
おれからの当然の抗議にカラス女は肩をすくませる。
そして指折り数えだしたのが……
「えー、屯田団地の変電所への不法侵入だろう。それから深夜の団地内での騒音被害。あとは無免許運転に、速度超過、事故誘発とかはまとめて危険運転致死傷ってところか。他にも公共物の破損やら傷害やら」
ははははは、ぜーんぶバレてやんの。っていうか誰も死んでねえよ!
しかしまぁ、あれだけ派手に夜遊びをすれば無理もないか。
だが、そのわりにはどこからもお咎めがなかったってことは、とどのつまりそういうことなのだろう。
「くそっ、そういうことかよ」
おれが唇を尖らすと、カラス女がにへら。
「察しがよくて助かる。で、催涙弾はちょっとしたお仕置きだな。ったく、さすがにやり過ぎだ。もみ消す方の身にもなれ。今度からはもう少しうまくやりな。芽衣もしっかり肝に銘じておくんだよ」
タヌキ娘はぐったりしたままで片手をひらひら。か細い声で「わかりましたー、うぷっ」
おれは催涙弾を投入されたのはこれで二度目。
だからそれなりに対処できたが、はじめてだった芽衣はモロに喰らって、よりダメージが深刻。この調子では回復するのにはいましばらくかかるだろう。
おれは顔にあてていたおしぼりをどけ、ソファーに座りなおす。
机の上に広げられた高級車のパンフレットを手にとり、ぱらぱらページをめくる。
どれもこれも目ん玉が飛び出るぐらいのお値段。駅前のタワーマンションの中層階が余裕で買えるんじゃなかろうか。性能に関しては完全にオーバースペック。なんだこれ? ツバサをつけたら飛ぶんじゃねえの。
がんばれば自転車だけでも十分に生きていける高月の街には無用の長物。
そんなシロモノのパンフレットをわざわざ取り寄せてまで用意したってことは……。
「山ほどできた借りを返すのに、おれにこいつに化けろってか」
「まぁ、そういうことだ。うちにあるクルマじゃあ、黒鉄の幽霊には追いつけねえ」
「黒鉄の幽霊ねえ……。ずいぶんとご大層な名前をつけたもんだな」
「私じゃねえよ。竜骨でブイブイいわしていた悪ガキどもがそう呼んでいたんだ」
なんでも少し前にふらりとあらわれて以来の負け知らず。
それでいてどこの誰かはわからない。しかしふしぎなのはそれだけではなかった。
まるで車種がわからないのだ。
竜骨にてドラッグレースに興じるほどのカーマニアたちが集っているのにもかかわらず、である。だから写真に撮って調べようとするも、こちらはなぜだか映像がブレてはっきりしない。
いつもレース直前に気づいたら漆黒の車体が混じっており、終わったら煙のごとく失せている。
ゆえについたあだ名が黒鉄の幽霊。
「ちょっとこいつを見てみろ」
カラス女から渡されたスマートフォンの画面にはドライブレコーダーの映像。
大捕り物の夜、安倍野京香が運転していた覆面パトカーに搭載されてあったもの。
さすがにパトカーに積んでいるだけあって画像はかなり鮮明。
なのに前方を走る漆黒の車体に関してだけは、薄ぼんやりとしていた。
「機械の目をごまかす装置もあるが、さすがに人の目まではごまかせねえ。それも一人や二人じゃなく大勢とくれば考えられるのは、おれたちの同類か、あるいは……」
「物の怪の類ってことになるわな。だがそっちの方の情報はいまのところどこからもあがってきてねえ」
「となると同類の線が有力か」
おれたち動物は術を使ってドロンと化ける。
人間に化けて街に住んだり、物に化けてしれっと日常にまぎれ込んでいたり、別の動物に化けてやっぱりしれっと暮らしていたり。
賽銭箱やら募金箱に化けてせっせと小銭を集めているヤツもいれば、パンダやらコアラに化けて動物園でアルバイトをしているやつもいる。
たしかにおれたちは人間を化かしている。
だからとて妖怪というわけではない。
古来より人間たちはそのへんをいっしょくたに考えているようだが、厳密にはちがう。
おれたちはどこまでいっても動物だ。
そして妖怪やら物の怪と呼ばれる連中は、まったく別種にて、ちゃんと存在している。
ただし連中は基本的に人間社会からは距離をとっているから、めったなことではこちらに姿を見せない。
遭遇する確率なんて、それこそ某大国の大統領とおれがスナック「昇天」で相席となり、その場でちまちま指相撲をはじめる状況になるぐらいに激レアだろう。
だからこそそんな輩が街中に姿をみせれば、情報はたちまち巷を駆け巡る。
「やつの正体が同類だとすれば、四伯、おまえは何だとにらむ?」
「そうだなぁ。今回のはクルマだし、陸での速さに固執するのはたいていウマ、イヌ、ガチョウ、ウサギ、チーター……はさすがにこんなところにいないか。あとはシカあたりが妥当じゃねえのか。ひょっとしたら奈良あたりからの流れ者なのかも」
おれが『奈良』と『シカ』という言葉を口にしたとたんに、カラス女はサングラス越しにでもわかるほどに眉根にしわを浮かべる。
「私としてはできればウマ、もしくは他の何かでお願いしたいんだけどねえ」
「おれだってそうだ。なにせ奈良のシカはめんどうくさくってしょうがねえ」
安倍野京香はしかめっ面。
おれも負けじと口をへの字にする。
「「はぁーっ」」事務所におれとカラス女のタメ息が重なった。
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