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029 黒幕さんへ。
しおりを挟む横合いから突風を喰らって不安定になったバイク。
暴れだした前輪、続いて後輪も振れだしたせいでとたんに蛇行運転となる。
あわや転倒かっ! という寸前、どうにかハンドルをねじ伏せた芽衣。
転倒こそはまぬがれたもののいささかもたつく。
そのせいでシルバーのワゴン車との間に差が生じた。
急いで車体を立て直し、芽衣がふたたび追走を開始する。
さいわい向こうのクルマはそれほど速度が出るタイプではない。瞬間的な爆発力ならばこちらが上だ。
だからおれたちはすぐに追いつくも、このままでは先の二の舞。
どうするのかとおもっていたら、芽衣はさらに加速。
いっきにワゴン車を抜き去り、頭を抑える位置取りに。
だがそれでおとなしくなるような相手ならばとっくに止まっている。
すると芽衣がいきなりハンドルから手を放して言った。
「じゃあ、四伯おじさん。ちょっと行ってきますので、あとはよろしくー」
「はぁ? ちょっと行ってくるっておまえ何を、あっ、おい、ちょっと待て、ええぇーっ!」
あろうことかタヌキ娘は百キロオーバーにて爆走する大型バイクの背からぴょんと飛び降りやがった。
小柄な身がふわりと宙に浮き、後方へと流れ向かった先には突っ込んでくるシルバーのワゴン車。
そしてあろうことか芽衣はフロントガラスのど真ん中に飛び蹴りをぶちかます。
「狸是螺舞流武闘術、蹴の型、目貫き」
技名の由来は、針の穴に糸を通すがごとく正確無比な蹴撃の意から。
ビシっと無数の細かい亀裂が走る。ガラスの全面が一瞬で白くなった。
粉々に砕け、大量の破片が散乱する。
そしてこんな無茶をした芽衣の方もただではすまない。技の反動とワゴン車の突進力やら重量によって体がはじかれ、夜空に大きく弧を描く。
一方その下ではワゴン車がえらいことに!
ドライバーは突然のことに驚いて、つい急ブレーキを踏んでハンドルを切ってしまったものだから、車体がおおきく傾いでついには横転。火花を散らしながらアスファルトを豪快に滑り始めた。
空からは芽衣が、地からは倒れたワゴン車が。
すべてが団子となってこちらに向かってくる。
このままだと大惨事になる!
おれはとっさにバイクの変化を解いて、すぐさま特大ネットに「変化!」
イメージとしてはゴルフの練習場にあるやつの強化版。
道路一杯にばっとひろがり、最寄りの道路照明灯や防音壁などに片っ端からフックを引っかけ網を張る。
そこへ間髪入れずに突っ込んできたモロモロ全部。
ズシンとものすごい衝撃。
意識が飛びそうになるのをどうにかこらえて踏ん張る。
「ふんがーっ、おもい! いたい! きつい! 千切れる! いろんなところがブチブチ言ってるからー! お願いだから早く止まってーっ!」
おっさんの魂の叫びが深夜の竜骨にこだまする。
◇
おれのがんばりで大惨事だけはまぬがれた。
とはいえ大事故なのにはかわりない。
なにせ火こそは出てはいないが横転したワゴン車が公道をふさいでいるし、割れたガラスやらライトのプラスチックにサイドミラーなどの大量の破片が散乱。照明灯も何本かくの字に折れ曲がっちまっている。あとアスファルトもガリガリ削れて痛々しい傷が……。
真夜中に派手なカーチェイスをやらかし、ドンガラがっしゃんとやっちまったもんで、たぶん通報もじゃんじゃんされているはず。
その証拠に遠くに聞こえるサイレンの音が、ずんずん近づいてきやがる。
だからあんまりのんびりとはしていられない。
「わたしは四伯おじさんを信じていましたよ。きっと受け止めてくれるって、ぎゃっ」
たわけたことをぬかすタヌキ娘には脳天にゲンコツのお仕置きを喰らわせ、おれは転倒したワゴン車内にて目を回している大中小の三人組の安否を確認。
しっかりシートベルトをしていたらしく全員無事っぽいので、まずはトリカゴを回収。
九官鳥のプリぺーラ・オンブレも目を回して気を失っているが問題なさそうである。
だからこのままとんずらしようかとおもったのだが、おれは考え直し自分の名刺をとりだす。
裏に「黒幕さんへ。応相談」とのメッセージを残し、のびている三人組のリーダーとおぼしき小さい男のズボンのポケットにねじ込む。
それを見ていた芽衣が首をかしげる。
「どうしてわざわざそんなマネを」
「こいつか? ふと思いついちまったからさ。どうしてプリぺーラ・オンブレが狙われたのか、その理由について」
「えっ、ひょっとしてわかったんですか?」
「まぁな。ヒントはあったんだよ。さてと、めんどうに巻き込まれる前にここからとっととずらかるぞ」
おれは痛む体にムチ打ってドロンと変化。
化けたのは草臥れたママチャリ。
これには芽衣が「えー」と不満顔。だが「もう、ヘロヘロでこれが精一杯なんだよ」と黙らせた。
ギコギコギコギコギコギコギコギコ。
急いで事故現場から遠ざかるボロ自転車。
歩道を通って高架を下りたところで、近づいてくる回転灯が見えたものだから、おれたちはあわてて物陰へと隠れる。
目の前をパトカーやら消防車やらが通り過ぎるのを待ってから、おれたちはこそこそ帰路についた。
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