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024 腐りぶどうイノブタ
しおりを挟む夜更けを待って屯田団地をふたたび訪れたおれと芽衣。
目的はもちろん九官鳥のプリぺーラ・オンブレを捕獲するためである。
本日最後のバスが終点にて乗客たちを吐き出す。
ロータリーでぐるりと方向転換をしたバスが遠ざかっていくのを見送ってから、おれたちは潜んでいた物陰からのそりと姿をあらわした。
団地の敷地内は夜だからとてそれほど暗くはない。
防犯上の理由にて等間隔に街灯が配置されてあるし、各戸からもれる窓明かりなんかもある。
これだけ明るければ、目を凝らしてがんばればキャッチボールが成立するかもしれない。
それでも昼間とのギャップがあって、人の姿が皆無となった藍色の空間はどこか薄ら寒いものがある。
「ずいぶんと静かですねえ」
シーンとする団地の夜を前にして芽衣がそんな感想を口にする。
「まぁな、この団地は造られてから半世紀近く経っているから、いまの建物ほど防音がしっかりしちゃいねえ。見た目こそはコンクリートの塊だが、生活音とかけっこう駄々洩れなんだよ。隣はともかく上の物音とか階下に響く。もっともだからこそ住人たちはそれなりに近所に気をつかう。それがこの静けさの正体だ。っと、マズイ。芽衣、隠れるぞ」
おれは助手の腕をひき木陰へ。
直後に向こうから近寄ってきたのは自転車にのった制服警官。おそらくは巡回中なのだろう。
この屯田団地は全百棟にもおよぶマンモス団地。
広大な敷地内には小学校やら幼稚園に広場、スーパーマーケットに小規模ながら商店群もあって、交番まである。
いろんなやつが大勢で肩寄せあって生活をしている場所は、ちょっとした自治区みたいな雰囲気。それゆえに治安の維持にも余念がなく、こうしてお巡りさんもマジメにパトロールに精を出しているというわけ。
さいわいなことに警官はこっちに気づくことなく通りすぎた。
毎度毎度、職務質問をされてはたまらないので、おれはほっと胸を撫でおろす。
「やれやれ、これで次の巡回までは安泰だな」
「ですね。ところで四伯おじさん、変電所にはどうやって侵入するつもりなんですか? 鉄の扉をぶき抜きますか? それとも厚い壁を壊すんですか?」
「あのなぁ……、おまえはどうしてそう何でもかんでも拳で片づけようとするんだ。そんな派手なマネをしたら一発で団地の住人たちに気づかれるわ! 連中の結束力を舐めるなよ。わらわら飛び出してきて、たちまち袋叩きにされちまう」
団地とはひと昔前でいえば下町の長屋のようなもの。
他所はどうだか知らないが、少なくともここにはまだまだ住人同士のつながりが色濃く残っている。何かことが起これば、見てみぬフリをする者がいる一方で、「どうした!」と血相をかえてバットや木刀片手に飛び出してくる者も案外多い。
おれの説明に「なるほど」と芽衣が納得したところで、侵入方法を発表する。
とはいってもじつに簡単な方法。
鉄の扉の開閉には鍵だけではなく数字を打ち込むテンキーが設置されており、ちょいと手に負えそうにない。
そこでおれが鎖分銅に化けて、芽衣がこれを使って高い壁をひらりと超えるという算段。
「腐りぶどう?」
芽衣がきょとんと首をかしげたもので、おれはすかさず「ちがう」と訂正。
「く・さ・り・ぶんどうだ。重しのついた鎖のこと。ほら、時代劇とかでたまに見かけるだろう? 盗賊とか忍者がブンブンふり回しているアレだ」
「あー、鎖鎌の鎌じゃないほうですね。それなら知ってます。まえに葵おばあちゃんがそれでうちのタマネギ畑に悪さをするイノブタをぶちのめしていましたから」
イノブタとはイノシシとブタの雑種のことである。
食肉用として飼育されており、肉は脂肪分少な目であっさり、それでいてコクもそこそこ。猪肉の代用品として使われることもあるんだとか。
芽衣の実家がある淡路島では、なぜだか近年野生のイノブタが急増。けっこう農作物の被害が甚大となっている。
おかげでのどかな田舎の風景が一変。害獣避けの有刺鉄線やら電気柵だらけとなって、まるでプリズンのように荒んだものとなっているそうな。
にしても鎖鎌でイノブタを狩るとか……葵のばあさん、マジかよ。
そんな祖母からいろいろとみっちり仕込まれている孫娘。
若干の不安を感じながらも、おれは芽衣を連れて変電所の壁際へと移動する。
◇
周囲に誰もいないことを確認してから、おれは鎖分銅にドロンと化けた。
ジャラリと音のするおれが変じた鎖の束を手にした芽衣。
おもむろにブンブンふり回したとおもったら、壁の上ではなく最寄りの木の幹へと向かって「てぃやっ」
とたんにズドンと分銅が表面を打ち、ミシリと不穏な音を鳴らし木片を散らす。
「ふむ。なるほど、こんな感じか」
独りごちている芽衣。どうやら試し投げをしてみたらしいのだが、それならそうと先に言って! いきなり投げられたらおっさん、びっくりするから!
そんなおれの抗議にはまるで耳を貸さないタヌキ娘。「じゃあ、いきますよー」
ギュルンと回転を始めた鎖。さっきとは段ちがいの回転速度にて風を切り、ブーンと重低音まで発し始めたところで、ぶぅんと放たれる。
一直線に壁の上へとめがけて跳ぶ分銅。
この調子ならば楽々壁を越えて、適当なところにからまりそうだ。
と、おれが安堵した矢先に「あっ」との小さな声。
声の正体は芽衣である。
気合いを入れてリキむあまり手からすっぽ抜けた鎖が、勢いのままに宙へと解き放たれるの巻。
「ぎゃあぁぁぁぁーっ」
尾白探偵、夜空を駆け流れ星となる。
鎖に化けているおれは変電所の高い壁をあっさり超えて、単身そのまま向こう側へと……。
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