22 / 1,029
022 屯田団地
しおりを挟む高月の街のいいところ。
市バスはどこまで乗っても料金が一律二百十円なところ。なお子ども料金は百円だ。
とはいえ、おれと芽衣の二人分だと往復で八百四十円にもなる。ショーンに払う分も合わせるとこれは地味に痛い出費だ。
しようがない、帰りは自転車にでも化けるとしよう。
なんぞと考えつつバスに揺られること二十分ほど。
目的の屯田団地行きのバスは終点へと到着。
平日の午後三時前後という中途半端な時間帯ということもあって、バスはガラガラだった。
虫取り網を持ったおれが先にバスを降り、つづいて芽衣がトリカゴ片手にぴょんと飛び降りた。
「さてと、お目当ての場所は……っとアレか」
周囲をキョロキョロするまでもなく、目に入ったのはデーンとそびえる砦のような建造物。
あれが変電所。壁の高さがその辺の一戸建ての屋根よりも高く、おまけに壁の上には有刺鉄線まで張り巡らされていやがる。クルマで体当たりしても破れそうにない鉄の扉。そして壁の向こうには物々しいコンクリートの塊。
間近にするともの凄い威圧感がある。
本当にこの建物内では電気だけをあつかっているのだろうか?
そう疑いたくなるような堅牢な造り。
「うわー、なんですかこれ? まるで悪の秘密結社みたいです」
芽衣の率直な感想にはおれもうなづかざるをえない。
そんな変電所施設を越えた先にてちょこんと仲良く並んでいるのが、屯田団地の九十七棟と九十八棟。
国語辞典を横に立てたかのような姿は鉄筋コンクリート製の五階建て。
エレベーターはなし。
階段を挟んで左右に五戸ずつ。マンションやアパートなどのように横につながる廊下はなく縦だけの構成。そのせいで階段が異なる別の五階の部屋を訪ねるには、いちいち下までおりてからまたのぼる必要がある。
その階段が今風のやさしい仕様ではなくて、どこぞのお城の天守閣へと通じるかのような急なもの。そのせいなのか屯田団地の住人たちは、やたらと太ももやふくらはぎの筋肉が発達しているとかいないとか。
ひと棟につき階段が四本あるから、建物一つにつき計四十戸。
すべての部屋がまったく同じ間取りにて2DK。
ダストシュートはあるが昔にけっこうな事故を起こしてからは使用禁止となり封印されている。
どうしてこんなに屯田団地について詳しいのかというと、おれが高月の地へと流れついたときに物件探しのおりに調べたから。
環境や家賃などの条件は良かったのだが事前審査にはねられた。ちくしょうめ!
◇
おれと芽衣はまず九十八棟の正面付近を調べる。
団地の前面は道路を挟んで横一列の駐車場になっている。その周辺に植えられてある木々は緑豊かな環境を演出するためのもの。
手分けをして次々と木を調べてゆく。
おれはくわえタバコにて根元に立ち、見上げては枝葉のあいだに九官鳥の姿を探す。
あのオレンジのくちばしはとにかく目立つ。それを目当てに視線を彷徨わせるも、それらしい姿はどこにもない。
身の軽い芽衣はするする木登り。
うん? タヌキって木登りが得意だったっけか。アライグマはそんなイメージがあるんだが、はて。
高みから周囲を探ってみるがやはり成果はなかったらしく、芽衣はすぐに降りてきた。
そこで今度は九十八棟の裏へとまわってみる。
こちらは空き地となっており、建物のそばには花壇やらちょっとした畑なんぞが作られている。
団地の裏手は放課後ともなれば元気なガキどもの絶好の遊び場になるのだが、少しばかり時間が早いせいか、いまはまだ誰の姿もない。
こちらにも何本か木があるので調べてみるも、結果は落胆。
九官鳥どころかハトの一羽すらも見つけられなかった。
だからもう少し捜索範囲を広げてみることにする。
おれは近くにある公園へ、芽衣には九十七棟の方をまかせた。
◇
……が、公園付近にも求める相手の姿はない。
ベンチでボーっとしているじいさんにも声をかけてみたが「わしゃ知らん」とのこと。
せっかくだからと滑り台にのぼってシャーッと滑り降りてから、ブランコに揺られて風を感じ、シーソーは無視して、ジャングルジムの頂きをも制す。
しかしヤツはいない。
「プリペーラ・オンブレ、どこに行きやがった」
おれはぶつぶつ文句を垂れながら、二本目のタバコに火をつけたところで奇妙な光景を目撃する。
それは大中小、三人組の男たちであった。
容姿がそっくりの青年たち。なのに背丈だけが異なっている。三つ子かと思ったが、たぶんよく似た兄弟なのだろう。なかなかにインパクトのあるやつらだ。
はじめのうち、三人組をおれはただ「おもしろいなぁ」とにやにや眺めていた。
だが連中の動きを目で追ううちに、あることに気がつく。
大きな男がワシやタカでも入れるのかというようなバカでかいトリカゴを背負っている。
中くらいの男が幅広な手網を持っている。釣りとかで使いそうながっちりしたモノ。
小さい男は首から双眼鏡をさげている。サイズからしてバードウォッチング用とおもわれる。
そんな三人組がキョロキョロ、うろうろ。
なにやら既視感のある姿におれは「むむむ」と男たちを凝視。
すると小男が持つ双眼鏡がこっちを向いて、相手もこちらを視認した。
とたんに風にのってぼそぼそと聞こえてきたのが……。
「うぉ! あんなところにヘンな男がいるぞ」
「本当だ。いい歳してジャングルジムなんかで遊んでるよ。ぷぷぷぷ」
「しっ、笑っちゃダメだ。きっと会社をリストラされて黄昏ているんだ。だからそっとしておいてやれ」
ボロクソであった。
だが、これこそが客観的に見た今のおれの姿でもある。
公園のベンチにて座ったままのじいさんへと顔をむけたら、ムスっとしたままにてコクリとうなづかれた。
あれ、なんでだろう。
タバコの煙がやたらと目に染みやがる。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる