おじろよんぱく、何者?

月芝

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014 勝ち札

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 全身黒ずくめの覆面姿は、まるで忍者のよう。
 そんなのがぞろぞろ奥から出てきたところで、スピーカーから流れてきたのは司会者の声。

「いえーい、よもやの生贄……げふんげふん。もといゲストが生き残るとか。なんという波乱の展開。だけどそれだとちょいと困るので、ここからスペシャルマッチで第二ラウンドを開催しちゃうよ」

 よもやの主催者権限によるルール変更。
 とんだちゃぶ台返しにて、これにはさすがに観客からも大ブーイング。
 胴元としての信用がガタ落ちすること必至。それこそ今後のファイトクラブとやらの運営にもさしさわりが出そうなもの。なのにインチキを通すだなんて。
 もしかしてオッズ千百二十九倍の「いい肉」に賭けた酔狂な輩がおもっていたよりも多かったのか?

 おれは吸いかけのタバコを捨て足を引きずりながら芽衣のもとへ。

「よぉ、まだまだイケそうか?」

 声をかけたら、とたんにオカッパ頭がふらふらしだす。
 ぐらりと後方に倒れそうになったその体を、おれはあわてて受け止める。
 どこかケガでもしたのかと心配するも、さにあらず。
 直後に「キュルルルル」と鳴ったのは腹の虫。タヌキ娘ってば派手に暴れ回ったせいでガス欠になっちまったらしい。空腹ですっかり目を回していやがる。
 やれやれ、芽衣はどうやらここまでのようだな。

「ったく、しようがねえなぁ」

 おれは芽衣を抱えて黒装束の集団と向かい合う。
 多勢に無勢にて絶体絶命の大ピンチ。この人数でボコられたらさすがに無事ではすむまい。ましてや芽衣は女の子。ヘタに傷ものなんぞにされてみろ。おれが葵のばあさんに殺されちまう。
 ちょいとギャラリーどもの目が気になるところだが、やむをえまい。
 おれは腹をくくった。「変化!」
 この局面にておれがドロンと化けたのは、銀の玉。
 パチンコ玉を運動会の玉転がしで使うぐらいの大きさにしたモノにて、内部に芽衣を寝かせてある。
 突如として出現した銀の玉。
 動揺する黒装束の集団に、おれはだるそうに話しかける。

「おれってさぁ、わりかし器用なんだよねえ。だからいろんなもんに化けられるんだけど、めんどうなのが自転車にしろクルマにしろ運転手がいるんだよ。でもこれならなんとか自力で。
 あぁ、ちなみにコントロールとかはぜんぜんなんで、手加減とかムリだから期待すんなよ。死にたくなかったら必死によけろ」

 言うなりゴトリ、ゆっくり転がり出した銀の玉。
 そいつがゴロゴロするほどに加速していき、やがて近づくものを容赦なくはね飛ばしだしたものだからたまらない。
 右往左往して逃げ惑う黒装束たち。
 激しく転がる銀の玉がそこいらを駆け回っては、ぶつかり、犠牲者を量産しつつ、でたらめに暴走。

 ゴン、ガン、シャーッ、ドカ、バキ。

 さきほどまで屈強な男たちが大乱闘をくり広げていた地下闘技場が一転して、ピンボール台と化す。
 転がる銀の玉に化けたおれは勢いのままに、ついにはフェンスをも薙ぎ倒す。
 被害が観客にもおよびだしたものだから、地下空間内はすっかり阿鼻叫喚。大混乱へと陥った。

  ◇

 狂乱の刻は過ぎ去った。
 シーンと静まり返っている地下空間。
 動ける者はとっくに逃げ去っており、残るはぐったりのびている死屍累々ばかりなり。
 ポンっと白煙。
 銀の玉が消えた。
 かわりに姿をあらわしたのは酸えたニオイがするオカッパ頭の女子高生と、やはり酸えたニオイをぷーんと漂わせているおっさん。
 激しく転がる玉の中。グルグルされたら誰だってこうなる。
 そしてそんな女を懐に抱えていれば、二次被害がおよぶことも必然であった。

「やっべー、気持ち悪い。視界のぐらぐらが収まらねえ。ちーと調子にのり過ぎちまったか。まいったね、こりゃあ」

 冷たい床に大の字に寝転がったまま、おれはタバコに火をつけ煙をくゆらせる。
 すると周囲にてぞろぞろと気配が。
 目だけを動かし確認したら黒装束姿が数名と、初顔のラッパーみたいなやつが一人。
 ちっ、まだ残っていやがったのか。

「ずいぶんと好き勝手に暴れてくれたじゃねえか、おっさん。おかげでオレたちウインドサイズの面子は丸つぶれだぜ」

 かなりご立腹みたいなラッパー。その声はあのスピーカーから流れていたやつ同じであった。どうやらこいつがリーダーらしい。
 ようやく主犯格のお出ましか。こいつにはいろいろと訊きたいことがある。
 とはいえちょいと目先に大きな問題がひとつ。
 ギラリとラッパーの右手に光るナイフ。

「舐めやがって、ぶっ殺してやる」

 目がすっかり血走っている上でのこの台詞。
 さすがにマズイとおれは動こうとするも、あいにくと体がほとんど言うことを聞きやしない。すっかりグロッキーとは我ながら情けねえ。
 ラッパーがおれに馬乗りとなり、ナイフを振り上げた。
 けれどもそのナイフの切っ先がおれの胸元へと届くことはなかった。

 パァン!

 乾いた炸裂音。銃声だ。
 誰かとおもえば全身黒づくめのカラス女。
 ここにきてまさかの高月署の不良刑事、安倍野京香の登場である。
 にしても一切の警告なしに発砲とか、おれはここまで引き金の軽いお巡りさんをドラマ以外では見たことがない。
 お気の毒なのが、いきなり右肩を撃ち抜かれて吹っ飛んだラッパー。
 だがカラス女の攻勢は止まらない。
 動揺している黒装束たちを次々にパンパンパパン。容赦なく撃つ、撃つ、撃つ。
 仲良く全員の右肩に穴を開けたところで、こちらに近づいてきた安倍野京香。
 のびている芽衣をちら見してから、おれをムギュと踏みつけては素通りし、向かったのは倒れているラッパーのところ。
 銃撃による痛みに「むーむー」唇をかんでは涙目で悶えているウインドサイズのリーダー。
 そんなケガ人を黒靴のつま先で小突きつつ、カラス女は一枚の賭け札をひらひらさせながら言った。

「おいこら、イタチ野郎! とっとと配当を寄越しやがれ」

 カラス女の手にあったのは、オッズ「いい肉」の当たり券。
 このやろう……。はじめっから客席にまぎれ込んでいやがったな!
 でもって助けるでもなく、止めるでもない。
 とんでもねえ女だ。こんちくしょうめ!
 おれに配当金を半分寄越しやがれ!
 と主張しようとしたのだが、限界を迎えたおれの意識はここでプツン……。


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