14 / 1,029
014 勝ち札
しおりを挟む全身黒ずくめの覆面姿は、まるで忍者のよう。
そんなのがぞろぞろ奥から出てきたところで、スピーカーから流れてきたのは司会者の声。
「いえーい、よもやの生贄……げふんげふん。もといゲストが生き残るとか。なんという波乱の展開。だけどそれだとちょいと困るので、ここからスペシャルマッチで第二ラウンドを開催しちゃうよ」
よもやの主催者権限によるルール変更。
とんだちゃぶ台返しにて、これにはさすがに観客からも大ブーイング。
胴元としての信用がガタ落ちすること必至。それこそ今後のファイトクラブとやらの運営にもさしさわりが出そうなもの。なのにインチキを通すだなんて。
もしかしてオッズ千百二十九倍の「いい肉」に賭けた酔狂な輩がおもっていたよりも多かったのか?
おれは吸いかけのタバコを捨て足を引きずりながら芽衣のもとへ。
「よぉ、まだまだイケそうか?」
声をかけたら、とたんにオカッパ頭がふらふらしだす。
ぐらりと後方に倒れそうになったその体を、おれはあわてて受け止める。
どこかケガでもしたのかと心配するも、さにあらず。
直後に「キュルルルル」と鳴ったのは腹の虫。タヌキ娘ってば派手に暴れ回ったせいでガス欠になっちまったらしい。空腹ですっかり目を回していやがる。
やれやれ、芽衣はどうやらここまでのようだな。
「ったく、しようがねえなぁ」
おれは芽衣を抱えて黒装束の集団と向かい合う。
多勢に無勢にて絶体絶命の大ピンチ。この人数でボコられたらさすがに無事ではすむまい。ましてや芽衣は女の子。ヘタに傷ものなんぞにされてみろ。おれが葵のばあさんに殺されちまう。
ちょいとギャラリーどもの目が気になるところだが、やむをえまい。
おれは腹をくくった。「変化!」
この局面にておれがドロンと化けたのは、銀の玉。
パチンコ玉を運動会の玉転がしで使うぐらいの大きさにしたモノにて、内部に芽衣を寝かせてある。
突如として出現した銀の玉。
動揺する黒装束の集団に、おれはだるそうに話しかける。
「おれってさぁ、わりかし器用なんだよねえ。だからいろんなもんに化けられるんだけど、めんどうなのが自転車にしろクルマにしろ運転手がいるんだよ。でもこれならなんとか自力で。
あぁ、ちなみにコントロールとかはぜんぜんなんで、手加減とかムリだから期待すんなよ。死にたくなかったら必死によけろ」
言うなりゴトリ、ゆっくり転がり出した銀の玉。
そいつがゴロゴロするほどに加速していき、やがて近づくものを容赦なくはね飛ばしだしたものだからたまらない。
右往左往して逃げ惑う黒装束たち。
激しく転がる銀の玉がそこいらを駆け回っては、ぶつかり、犠牲者を量産しつつ、でたらめに暴走。
ゴン、ガン、シャーッ、ドカ、バキ。
さきほどまで屈強な男たちが大乱闘をくり広げていた地下闘技場が一転して、ピンボール台と化す。
転がる銀の玉に化けたおれは勢いのままに、ついにはフェンスをも薙ぎ倒す。
被害が観客にもおよびだしたものだから、地下空間内はすっかり阿鼻叫喚。大混乱へと陥った。
◇
狂乱の刻は過ぎ去った。
シーンと静まり返っている地下空間。
動ける者はとっくに逃げ去っており、残るはぐったりのびている死屍累々ばかりなり。
ポンっと白煙。
銀の玉が消えた。
かわりに姿をあらわしたのは酸えたニオイがするオカッパ頭の女子高生と、やはり酸えたニオイをぷーんと漂わせているおっさん。
激しく転がる玉の中。グルグルされたら誰だってこうなる。
そしてそんな女を懐に抱えていれば、二次被害がおよぶことも必然であった。
「やっべー、気持ち悪い。視界のぐらぐらが収まらねえ。ちーと調子にのり過ぎちまったか。まいったね、こりゃあ」
冷たい床に大の字に寝転がったまま、おれはタバコに火をつけ煙をくゆらせる。
すると周囲にてぞろぞろと気配が。
目だけを動かし確認したら黒装束姿が数名と、初顔のラッパーみたいなやつが一人。
ちっ、まだ残っていやがったのか。
「ずいぶんと好き勝手に暴れてくれたじゃねえか、おっさん。おかげでオレたちウインドサイズの面子は丸つぶれだぜ」
かなりご立腹みたいなラッパー。その声はあのスピーカーから流れていたやつ同じであった。どうやらこいつがリーダーらしい。
ようやく主犯格のお出ましか。こいつにはいろいろと訊きたいことがある。
とはいえちょいと目先に大きな問題がひとつ。
ギラリとラッパーの右手に光るナイフ。
「舐めやがって、ぶっ殺してやる」
目がすっかり血走っている上でのこの台詞。
さすがにマズイとおれは動こうとするも、あいにくと体がほとんど言うことを聞きやしない。すっかりグロッキーとは我ながら情けねえ。
ラッパーがおれに馬乗りとなり、ナイフを振り上げた。
けれどもそのナイフの切っ先がおれの胸元へと届くことはなかった。
パァン!
乾いた炸裂音。銃声だ。
誰かとおもえば全身黒づくめのカラス女。
ここにきてまさかの高月署の不良刑事、安倍野京香の登場である。
にしても一切の警告なしに発砲とか、おれはここまで引き金の軽いお巡りさんをドラマ以外では見たことがない。
お気の毒なのが、いきなり右肩を撃ち抜かれて吹っ飛んだラッパー。
だがカラス女の攻勢は止まらない。
動揺している黒装束たちを次々にパンパンパパン。容赦なく撃つ、撃つ、撃つ。
仲良く全員の右肩に穴を開けたところで、こちらに近づいてきた安倍野京香。
のびている芽衣をちら見してから、おれをムギュと踏みつけては素通りし、向かったのは倒れているラッパーのところ。
銃撃による痛みに「むーむー」唇をかんでは涙目で悶えているウインドサイズのリーダー。
そんなケガ人を黒靴のつま先で小突きつつ、カラス女は一枚の賭け札をひらひらさせながら言った。
「おいこら、イタチ野郎! とっとと配当を寄越しやがれ」
カラス女の手にあったのは、オッズ「いい肉」の当たり券。
このやろう……。はじめっから客席にまぎれ込んでいやがったな!
でもって助けるでもなく、止めるでもない。
とんでもねえ女だ。こんちくしょうめ!
おれに配当金を半分寄越しやがれ!
と主張しようとしたのだが、限界を迎えたおれの意識はここでプツン……。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる