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012 大乱闘
しおりを挟む怪盗ワンヒールのニセモノ、もしくはその一味とおぼしき男を尾行して、たどり着いたのが高月郊外の廃墟地下。
古代の闘技場よろしく、一同に集められた荒くれ者ども。
ファイトクラブだの、オッズがどうのという言葉から、いまからここで何が行われるのかは容易に想像がつく。
どうやらおれと芽衣はまんまと誘い込まれたらしい。
気づいたときにはすでに退路も断たれていた。
「発信機を逆手にとられたか。まいったね、こりゃあ」おれはボリボリ頭をかきながら芽衣にたずねる。「で、イケそうか?」
芽衣は三大化けタヌキがひとつ、芝右衛門の一族の女子にのみ継承される、狸是螺舞流武闘術の免許皆伝の腕前を持つ。
いちおう洲本家に居候をしていたときに、おれも彼女の祖母である葵から手ほどきを受けたことがある。
そのとき葵のばあさんはタメ息まじりにこう言ったものさ。
「ここまでダメダメのやつがいるなんて、あきれた! まったく長生きはするもんだよ!」
仮入門してわずか二十分にて師範から愛想をつかされて破門された。
そんなおれを、ひとは歴代最速の男と呼ぶとか呼ばないとか。
というかアレはもともとメスのタヌキ専用の武術。
なので、タヌキではなく、女でもなく、ましてや他のよくわからない何かである尾白四伯という男にはそもそもからして使えるはずがない。だからけっしておれだけが悪いわけではない。
まぁ、グズグズと何が言いたいのかというと、おれは腕っぷしの方はからっきしだということだ。
おれからの問いかけに芽衣は「うーん」と首をひねりつつ「自分一人だけなら、まぁ」と答えた。
その真意は三十路過ぎの冴えないおっさん探偵を守りながらではムリだということ。
芽衣ってば「ねえ、四伯おじさん。カルネアデスの板って知ってる?」とにっこり。
一枚の板切れを巡って海上にて二人の男がくんずほぐれつする話にて、緊急避難の例として有名なもの。
もちろんおれも知っている。
おっふ、マジか……。
「もう、いっそのことクルマにでも化けたらどうですか? それでもってわたしが全員をブルルンとはねちゃうんです。これで悪を一掃です」
「おまえはどうしてそうやたらと誰かをはねたがるんだ! こちとら人身事故とか一生もののトラウマになるわっ! それにおれはゴールド免許を失くしたくねえ!」
ゴールド免許は優良運転者に与えられる証。
過去五年間に加点対象となる違反をおかしていないと認定される。ゴールドだと免許更新時に必要な講習が短いもので済む。これが地味にうれしい。あと保険料がちょびっと安くなったりもする。
だからどうしたといえばそれまでなのだが、他に自慢できるアピールポイントが少ないおっさんとしては、こんなシロモノでも貴重な心の拠り所。
だというのにこのタヌキ娘ときたら「だいじょうぶですよ。運転するのは無免許のわたしなんですから」とかほざきやがる。
なぜだろう。微妙に会話がかみ合わない。
これが三十路のおっさんと現役女子高生とのジェネレーションギャップなのか?
やだ、十代こわい!
「いや、そういう問題じゃなくって、あのね」
おれは年長者として若輩者を正しい道へと導こうとしたものの、その矢先にカーンと高らかに鳴り響いたのはゴングの音。
そいつが何を意味しているのかなんて言わずもがなであろう。
かくしてバトルロイヤル、スタート!
◇
拳が唸り、怒号や悲鳴が飛び交い、血飛沫が舞う。
ボタボタ垂れる鼻血が床に真っ赤な水たまりをつくり、転がる小さな粒は抜けた歯か。
そこかしこにて始まった殴り合い。
大乱闘バトルロイヤル戦。
この手の混戦の鉄則。
それはもっとも強そうなヤツを多勢でもって囲んでボコる。
もしくはもっとも弱そうなヤツから畳んでいく。
でもってこの集団の中で、見た目だけはちんまい小娘の芽衣と、見た目も中身もひょろひょろのおれは、参加者らの目には後者に映るわけで……。
「げへへへ」野卑た笑いにて芽衣へとちょっかいを出した男。どさくさにまぎれて若い女体に触れようとするも、肘がありえない方向にグキリとなって「あれ?」
直後にアゴを掌底でかちあげられて派手に宙を舞う。
「破廉恥外道、死すべし」
その一事でもって芽衣に対する周囲の評価が一変した。
一方その頃、おれは三人もの野郎どもを相手にして華麗なる大立ち回り、ならぬドタバタ逃げ惑う。
「おら、逃げんなコラっ」
「くそ、ちょこまかうっとうしい」
「てめえ、やる気あるのか!」
「あるわけねーだろ、バーカバーカ」
知ってるか? やる気のない相手を倒すのって、めちゃくちゃむずかしいんだぜ。
屈強な男を軽く投げ飛ばす柔道家も、すっかり脱力してのんべんだらりとなっている相手はうまく投げられないんだ。もっとも寝技に持ち込まれたら瞬殺だけどな。
ようは捕まらなければいいだけのこと。いかなる強力な打撃とて当たらなければどうということはない。
が、気づいたらおれの追手が五人に増えていた。なんで?
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「おれもおれも」
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「同じく」
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即席ながらも連携プレーにておれをどんどんと追い詰めてゆき、ついにフェンス際にまで追い込まれてしまった。
絶体絶命のピーンチ! 頼りの芽衣は……、ダメだあっちで嬉々として男どもをボコってやがる。完全に血と暴力に酔ってやがる。くそう、あーなったらタヌキ娘はもうダメだ。
じりじり狭まる汗かきムキムキどものむさ苦しい包囲網。
どうする、おれ?
どうなるの、おれ?
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