おじろよんぱく、何者？

008 化け術

　
　芽衣の実力をまの当たりにして千祭のやつが態度を軟化した。
　しかし全面協力はなかなかむずかしい。
　なにせこの酔果倶楽部は大人の憩いの場。
　お客も、もてなす側も、関係のない人間に店内をうろつかれてはおちおち「おっと手がすべった」「いやん」なんていう遊びができない。
　これでは商売あがったり。お店の売り上げがその日の自分たちの稼ぎにも直結するスイカップ嬢たちも困ってしまう。

「荒稼ぎしているようで、テナント料や人件費とか必要経費を差っ引くと、けっこうカツカツなのよ」

　真顔で千祭からそう説明されては、こちらとしても無理を通すわけにはいかない。
　そこで協議の結果、本当はこの手のお店ではご法度なのだけれども、特別にクリスティーナ嬢の電話番号をゲットすることと、何かあったらすぐにこちらに報せること、それから店の周囲や彼女の周辺をめいわくをかけない範囲でうろつく許可をもらうことに成功した。
　なおこれらの交渉はすべて芽衣が行った。
　なぜなら千祭が話し合いに応じ、へいこらするのはあくまで芽衣相手だけだからだ。
　おれはかわらず雑種扱いである。
　いつかぜってー泣かす。

　　◇

　協力をとりつけたところで、おれと芽衣は酔果倶楽部をあとにした。
　いったん事務所に戻り、張り込みの準備を整えてから出直すつもり。

「……にしてもちょっと意外でした」

　道すがら芽衣がそんなことをぽつり。
　おれは「なんだ」と片眉をあげる。

「いえ、あれだけのたわわな果実たちを前にして、すけべな四伯おじさんがみじんも興味を示さないことが、です」
「あー、それかぁ。だってあいつらのは全部擬態だもん」
「ぎたい？　えっ、化け術じゃなくって？」
「そう、擬態だ」

　化け術とひと口にいっても、いろんなタイプがある。
　たとえば芽衣のように人間に化けるもの。
　この場合、変態は素体に準拠した容姿となる。けっして好き勝手には化けられるわけじゃない。
　つまりちんちくりんの毛玉が化けたところで、ちんちくりんの小娘になるだけのこと。
　人間には化けられないけれども、物には化けられるタイプもいる。
　または他の動物にだけ化けられるやつもいる。
　そして変わり種なのがおれのようなタイプ。　
　おれは人間に化けて、そこからさらに重ね化けをし自転車やらバイクやらになれる。しかも性能や質量などが本物と遜色ない化けっぷり。これは相当なもの。
　ただし消費カロリーがすさまじく、すぐに疲れてしまうので、あまり長い時間は化けていられないのが玉にきず。
　でもって問題の擬態なのだが、これは体の一部をそれっぽく似せているだけにすぎない。
　つまりそれっぽく見えるけど、じつはぜんぜんちがうシロモノだということ。
　太った男友だちの胸がいくらプニプニだとて、女体のソレとはちがうのと同じ。

「胸にみえてアレは胸じゃねえ。彼女たちの名誉のためにもあえて何かは伏せておくが……。世の中、知らないほうがいいこともあるんだよ。アレはその代表格みたいな存在だ」
「えー、そういわれるとかえって気になるんですけど」
「やめておけ。好奇心はネコだけじゃなくてタヌキも殺す。だからこれ以上の詮索はなしだ。わかったな？」

　人生ならぬ獣性を平穏に暮らすための秘訣。
　年長者から若輩者へのありがたいアドバイス。
　だというのに芽衣はたいそう不満顔である。
　まったく、これだから近頃の若いやつは……。
　なんてことをおれが考えていたら、芽衣がふいに立ち止まった。彼女のスマートフォンがぷるぷるしている。
　誰かとおもえば相手はさっき別れたばかりのクリスティーナ嬢から。

「はいはい、どうかしましたか」

　芽衣がたずねると「出たよ！」との電話の向こうからの叫び声。
　何がなんていわずもがなであろう。
　おれはすぐさま駆け出す。芽衣もこれに続く。
　ちっ、ドジった。網を張って待ち伏せるつもりだったのに先を越された。
　本物だけでなくニセモノにまでまんまと出し抜かれるとは、なんという屈辱、痛恨の極み。

「くっ、この尾白四伯、一生の不覚！」
「いえ、四伯おじさんの場合、どちらかというと不覚だらけの一生にて足の踏み場もないほどかと。というかむしろ恥と不覚まみれのゴミ屋敷の住人」
「うるせー、おれはそこまで落ちぶれちゃいねえ。せいぜい散らかってる程度だっ」

　なんぞとほざいているうちに、おれは後発の芽衣にあっという間に追い抜かれた。
　ぢくしょう。