おじろよんぱく、何者?

月芝

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007 伝説の継承者

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 ドーベルマンカマ野郎からいきなり雑種呼ばわりをされて、おれはケッ。

「あいかわらずだな、駄犬。しばらく見ないうちに気持ち悪さにますます磨きがかかったみたいだ。せっかくのブランドもののスーツが泣いてるぜ」

 悪態に悪態を返したとたんに千祭史郎のこめかみにビキっと青筋が立つ。

「尾白、てめぇ……。あんまり調子に乗ってると芥川に沈めちゃうわよ。あっ、でもダメね。だって川が汚れちゃうもの」

 芥川あくたがわとは地元を流れる川のことである。
 かつては氾濫しまくって地元民に迷惑をかけていたものが、護岸工事が完了した現在ではすっかりおとなしくなった。なおかの有名な龍之介とはまったく関係がない。
 小指をピンと立てて、口元に添えては「ほほほ」と高笑いする千祭。
 やつの言い草に今度はおれの方がカチン。

「あぁぁん、上等だこらぁ。やれるもんならやってみやがれ」
「ちょっと、ツバを飛ばさないでちょうだい! おろしたてのスーツにヘンな染みがついたらどうしてくれるのよ」
「なんだそんなもの、こうしてやる、ぺぺぺぺぺ」
「ぎゃーつ、てめえなにしやがる! もう頭にきたっ! おまえたち、やっておしまい」

 主人に従う忠犬よろしく、やつが連れていた二人の屈強な男たちがぬうんと動く。
 そこでおれはすみやかにバックステップ、芽衣のうしろへと隠れた。選手交代。

「ねえ、四伯おじさん。さすがにこれは男としてどうかと思うんだけど」
「うるさい。適材適所ってやつだ。円熟した大人のおれは頭脳労働、若くてぴちぴちの芽衣は肉体労働ってな。というわけで、あとはよろしく」
「えー、女子高生を盾にする大人ってどうかと思うけど……」

 心底呆れつつも「しょうがないなぁ」と拳を握って前へ突き出しファイティングポーズをとった芽衣。
 これを見て二人の男たちは顔を見合わせ「やれやれ」と肩をすくませ苦笑い。
 が、敵を前にしてよそ見をするとはなんと愚かな。
 相手をたかが小娘と侮った時点で、すでに勝負はついていた。

  ◇

 短いけれども鈍く重たい打撃音が二つ、ほぼほぼ重なる。

「むふん」「おっぶ」

 うめいて股間を押さえ、前のめりに倒れたのは二人の屈強な男たち。
 これには千祭をはじめとして、店内に居合わせたスイカップ嬢たち全員があんぐり。

「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き。だいじょうぶです。ちゃんと手加減はしましたから安心して下さい。でも念のために二三日は使用を控えるといいでしょう」

 白目にて泡を吹いている男たち。
 それを見下ろしながら告げた芽衣。「ふーっ」と息吹を吐き戦闘態勢を解除した。

 説明しよう。
 狸是螺舞流武闘術りぜらぶるぶとうじゅつとは、芝右衛門の一族直系の女子にのみ代々継承される武術のことである。
 ではどうして女子のみに継承されるのか?
 それは男子ではロクすっぽ扱えないからである。
 理由は股間のアレだ。タヌキのアレといえば八畳敷きにまで広がるといわれるほどに大きく立派なもの。それすなわち子孫繁栄、精力ギンギンをあらわす。内包されてあるエネルギー足るやすさまじいもの。思春期真っ盛りの青少年たちを百人集めても到底たちうちできないほど。
 だがあいにくと女子にはそんな袋はない。
 けれども男子同様にエネルギーは体内に満ち充ちている。
 ありあまるソレを外部へと放出し、超絶破壊力をともなう武術へと昇華させたのが狸是螺舞流武闘術。
 芽衣は祖母葵から幼少期より厳しく仕込まれており、若くしてすでに免許皆伝の腕前を持つ。

「なっ! 狸是螺舞流武闘術ですって……。まさか、そのちんくしゃが、あの蒼雷の後継者だっていうの?」

 カッと目をむく千祭。めちゃくちゃ驚いている。
 まぁ、それも無理からぬこと。
 蒼雷とは芽衣の祖母葵の異名である。
 いまでこそ淡路島にて好々婆を演じているが、若かりし頃にはそりゃあもう派手に暴れまわっていた。
 京の都は嵐山の渡月橋。桜舞い散る月下にて群がるカラス天狗どもを相手に大立ち回り。桂川をむしったカラスどもの羽で黒く染めた。
 獣王武闘会西国予選。並みいる強豪たちを相手にオール一本勝ちを決めたばかりか、試合に興奮して「おれもまぜろ」と乱入してきた豪州牛巨人をも単身でボコって退ける。
 あまりの強さにびびった東国代表が海外にとんずらし、幻となった東西統一王座決定戦。
 そのせいで賭場を仕切っていた胴元が大損。ショックのあまり重度の円形脱毛症に悩まされることにあったとか。
 しかしこんなものは彼女の伝説のほんの一部にすぎない。

 伝説の継承者を前にしてすっかり腰がひけている千祭の姿に、おれはにへら。

「そう、そのまさかなのさ。どうだ、おそれいったか。わかったらちょっとコンビニに行ってホットコーヒーと焼きそばパンを買ってこい。あー、もちろんおまえのおごりだからな」

 勝ち誇るおれ。トラならぬタヌキ娘の威を借りて調子にのる。
 ぐぬぬ、と悔しがる千祭を眺めるのはたいそう気分がいい。
 でもすかさず芽衣から横っ腹に肘鉄をくらって黙らされた。
 もちろんパシリもキャンセルである。ぐふっ。


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