おじろよんぱく、何者?

月芝

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004 尾白探偵事務所

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 人口ピラミッドが逆転している。
 とはいってもジジババが増えすぎて、めんどうをみる若いのがちっとも足りない。
 といった意味ではない。
 っていうか、年寄り連中、めちゃくちゃ元気だし、金持ってるし、タフだし……。むしろこっちがめんどうをみてもらいたいぐらいだ。
 ちなみに人口ピラミッドとは、男女別に年代ごとの人の数の分布をあらわしたグラフのことである。
 が、これは人間の人間による人間のための統計。
 社会の実情をしっかり考慮した場合の人口ピラミッドだと、逆転しているのは老若男女ではなくて、人間と動物の比率になる。
 昔からタヌキやらキツネやらが人間に化けては、しょっちゅう街中に潜り込んでいたものだが、それが近年爆発的に増えた。
 誰のせいかといえば、そりゃあ人間が悪い。
 経済大国を標榜し、めったやたらと国土を開発しては、あとさきを考えずに森を壊し、山を削り、川を埋め、水を汚し、ずんずん動物たちの居場所を奪っていったのだから。
 はじめのうちは動物側も「ふざけんなっ!」とあらがっていたが、懸命なシュプレヒコールはちっとも届きやしない。
 かわいい、かわいくない、などという身勝手な線引きにて対応が異なる。
 耐えかねて「もう、いい加減にしてくれ!」と怒れば、そのたびに猟銃でズドンとやられるからたまらない。
 そしてあるとき、動物たちはついに気がついた。

「あれ、人間の街ってけっこう快適じゃねえ?」

 以来、タヌキにキツネにヘビにサルにイノシシやらシカに、イヌネコカラスにオオカミにネズミやらその他大勢の動物たちが、こぞって街へと移り住んでゆく。
 この流れを後押ししたのが、古来より動物たちの間にて連綿と受け継がれてきた化け術。
 かくして人間に化けて街で暮らすようになった数多の動物たち。
 しかし街で生きていくのには金がいる。
 よって働いて稼がねばならぬ。
 ゆえに彼らが社会進出していったのもまた自明の理であった。

  ◇

 高月という街がある。
 ここは変態だらけの街だ。
 しかし性的嗜好の話ではない。
 動物が化けたのが多数まぎれ込んでいるという意味でのこと。
 でもこれはべつに高月だけの話ではない。いまとなってはとくに珍しいこっちゃない。わりとあちらこちらに似たような場所がある。
 知らないのは人間ばかり。
 いや、より正しくは、知ったとて認めようとしない、理解しようとしない、とでもいうべきか。
 それにしても人間とは不思議な生き物だ。
 手先は器用なくせして、心がやたらと不器用ときている。
 なにせ素直じゃない。
 見たいものしか見ないし、信じたいものだけを盲信する。
 それでも昔の人間たちはまだマシだった。
 それなりにではあるが動物から化かされることを警戒していたもんさ。
 でもいまの連中はまるでダメだね。めったやたらと科学を持ち出しては、インテリぶって自分たちの理解がおよばないことを頭ごなしに否定する、目をつむる、耳をふさぐ、そっぽを向く。「ありえない」のひとことで片づける。
 おれにいわせりゃあ、そんなのは思考の放棄にすぎない。目隠しをしてブロック塀の上を渡っているようなもんだ。まともに歩けるわけがねえ。
 まぁ、そのおかげで、おれたちのような変態どもが大手をふって街で暮らしていけるわけだけど……。

 おれの名前は尾白四伯。
 この高月の街で事務所をかまえている探偵だ。
 高月は古い土地だ。それゆえに昔からいろんなヤツが住みついている。
 おかげで仕事にはこと欠かないというわけさ。

 RRRRRRRR。

 ほら、さっそく依頼の電話だ。
 やれやれ、せっかく淹れたコーヒーの香りをのんびり楽しんでいる暇もありやしない。

「もしもし、こちら尾白探偵事務……。
 あっ! はい、オーナー。
 えー、家賃の支払いですか? もう少し待ってください。いま受けている依頼が片づけば、それで。はい、はい、わかっております。
 いやだなぁ、あははは、逃げたりなんてしませんて。
 はいはい、ではまた」

 受話器をそーっと置いて、おれは額の汗をぬぐう。「ふぃー」
 電話の相手はうちの事務所が入っている雑居ビルのオーナー。階下でスナックも経営している花伝美咲かでんみさき
 名前だけ聞けば、楚々した品のある美人のように思えるかもしれないが、ところがどっこい、その正体は化石級の古ダヌキだ。
 とにかく金にきたない因業ババアで、ことあるごとに家賃を催促してきやがる。
 でもって払えないと容赦なく店子を肉体労働の現場に投入しやがる。
 まったくもって血も涙もない鬼ダヌキだ。
 いくら貯め込んだとてあの世に金は持っていけないし、三途の川を渡るのには六文銭があればこと足りるというのに。
 ちなみに現在の貨幣価値に換算すると一文で三十円ぐらいだから、せいぜい二百円といったところだ。
 なんという良心的な料金設定。
 美咲のばあさんにも少しは見習ってもらいたいものである。もしくは遺言に「遺産はすべて尾白にゆずる」と書いてくれ。

「いやいやいや、三か月も家賃を滞納してるのに追い出さないばかりか、心配して働き口まで世話してくれる。めちゃくちゃいい人じゃないですか、美咲さんってば。タヌキだけど。
 っていうか、いい加減にわたしのバイト代も払って欲しいんですけど。
 あとしけったインスタントコーヒーに香りなんてありませんから」

 この小生意気な口をきくのは、助手の洲本芽衣。
 現役の女子高生にして、正体はやはりタヌキだ。
 さる名門の出自ながらもわけあってうちに転がり込んでは、押しかけ助手をしている。
 見た目こそはちんちくりんのおかっぱ頭だが、じつはこれでけっこう狂暴。
 それゆえにタヌキというよりかは、むしろ見た目サギの常習犯であるアライグマだとおれはつねづね思っている。
 が、もちろん当人には内緒だ。
 だってタヌキの連中ってば、アライグマといっしょくたにするとめちゃくちゃ怒るんだもの。うっかり口を滑らせようものならば、たちまち路地裏に引きずり込まれて、よってたかってボコられる。ガクブル。

「ほらほら、四伯おじさん。ゴロゴロしているんだったら掃除の邪魔ですから、駅前でこのチラシでも配ってきてくださいよ」

 高校にある備品のパソコンとプリンターを拝借して芽衣がこしらえたという、チラシの束。ずっしりやたらと重い。
 おいおい、なんだこの量。ゆうに五百枚ぐらいあるんだが。
 コピー用紙ワンパック分?

「なぁ、芽衣。これってもう立派な窃盗じゃねえのか」
「失敬な! 人聞きの悪いことを言わないで下さい。いいですか? 学校のモノは生徒のモノ、生徒のモノは生徒のモノなんです」

 いちおう生徒であれば常識の範囲内にて利用が許されているという話だが、どうやら近頃の女子高生は遠慮という言葉を知らないらしい。
 そんないわくつきのシロモノを押しつけられて、おれは顔をしかめる。

「あー、めんどくせー。こんなので客がきたら誰も苦労はしないっての」
「だったらせめてホームページぐらい作りましょうよぉ。それからいい加減にスマホにしてください」
「しょせんは素人の浅知恵だな。ホームページなんてもんは作ったところで無駄だ。ひと昔前ならばいざしらず、いまでは検索上位は大手ががっちり押さえている。弱小探偵事務所なんて、百ページめくっても出てこないだろうよ。
 それからスマホへの機種変更は却下だ。アレは維持費が高すぎる。たかが便利な目覚まし時計風情に、月に何万もかける余裕はない。
 おれはラストガラケーを目指す。いえーい、パカパカ最高!」
「便利な目覚まし時計って……。聞いてるこっちがなんだか悲しくなってきました。とにかく四の五のいわずにチラシを配ってきてください。でないと美咲さんにバラしますからね。じつは依頼なんて一件も受けていないってことを」

 くっ、痛いところを突かれた。
 おれはぐぬぬぬ。

「おのれ、なんと卑劣な。あぁ、かつては穢れを知らぬ毛玉であったというのに、あっという間に都会の色に染まりやがって」
「卑劣でもカカシでもけっこう。あと四伯おじさんが言うほど高月って都会じゃありませんからね。わりとふつうの地方都市ですから」
「フッ、なにをバカなことを。そんなわけないだろう。新快速は止まるし、駅前にデパートが二つもあるし、路線バスは市内をばんばん走っているし、コンビニだって各社揃い踏みにてコンプリート状態だ。かの世界的な大手コーヒーチェーンだって……。
 いや、あれは撤退したか。
 とにかくそんな場所がただの地方都市でなんぞあるものか!」
「いや、そんなに自信たっぷりに言われても困ります。じっさいのところ政令指定都市ですらありませんし」

 政令指定都市。
 人口五十万オーバーにてめっちゃ栄えているところ。
 この栄冠を戴けるのは選ばれし市のみである。
 そんな場所に住む民もまた選ばれし者たち。
 とんでもステータスをじゃらじゃらアクセサリーのごとく持つエリートたちが集う場所。それが政令指定都市。
 ちなみに高月は中核市と呼ばれ、可もなく不可もないごく平均的な地方都市である。
 だというのにどうしてそんな半端なところにデパートが二店舗もあるのかは、地元住民たちにもわからない。高月七不思議のひとつである。

「バカな……おれさまはシティボーイで、イケてる都会のモテモテハードボイルド探偵だったはずだ」

 突きつけられた残酷な真実。
 あまりの衝撃におれはよろめく。

「それこそ錯覚ですよ。というか完全に誇大妄想です。四伯おじさんは、みちみちミドルで微妙でちっともイケてない、モテない腰痛持ちの貧乏探偵です。
 だからせっせとチラシを配らないとお仕事にありつけません。
 ほら、わかったら、さっさと支度をしてキリキリ働け」

 言いながらおれさま愛用のジャケットを投げて寄越した芽衣。
 漬け込んだオリーブの実の色をしたヨレヨレのジャケット。
 こいつは帆布製でえらく丈夫な品。このようにタヌキ女子高生から雑にあつかわれてもビクともしないタフなやつ。商店街の衣料品店で投げ売りされていた品だとはとても思えない。我ながらいい買い物をした。えらいぞ、昔のおれ。
 そんな相棒を羽織り、チラシの束を手におれはしぶしぶ事務所を出ていこうとする。
 すると背後から芽衣が「チラシ配りが終わったら、立ち飲み屋なんかに寄らないでまっすぐ帰ってきてくださいよ。今夜も怪盗ワンヒールを狙うんですから」と言ってきたもので、おれはひらひら手を振って「へーい」と気のない返事。
 だが結局、チラシ配りはお流れになった。
 なぜなら扉を開けたところに、依頼人が立っていたからである。


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