おじろよんぱく、何者?

月芝

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001 怪盗ワンヒール

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 ギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコ。

 人の姿がすっかり失せた深夜の商店街を爆走する自転車。
 あちこちサビているせいかペダルをこぐ音がやかましい。
 にもかかわらず、かちかちサドルにまたがるのは赤ジャージ姿の女子高生。
 いまどき珍しい黒髪おかっぱ頭の彼女が吠える。

「まてこらーっ!」

 日本人形のような小柄な見た目に反して物言いは猛々しい。
 対して呼びかけられた当人、前方にてマントをひるがえしつつ疾走している白いタキシード姿が「ははははは、いくら愛らしいモダンガールの頼みとはいえ、さすがにそれはきけないよ」と、いい声。
 おもわずうっとりしそうなバリトンボイス。
 おしゃれなバーのカウンターとかで、ほろ酔いまじりに耳元でささやかれたらコロリとお持ち帰りされてしまいそう。
 しかしジャージの女子高生はイラッ。
 こめかみに浮かんだ血管がピクピクリ。

「ふざけんな、おらーっ!」

 彼女の怒りをあらわすかのように、ペダルをこぐ足にもいっそうチカラが込められる。
 おかげでグンと自転車が加速した。
 なのに差が縮まらない。むしろひらく一方だ。
 なぜなら逃げるタキシード姿の足下にはローラーブレードがはかれていたから。
 しかもなんらかの改造が施されているらしくモーターを積んだ自走式。
 こいつがけっこう速い。ヘタな原付もかくや。
 おかげでちっとも追いつけやしない。
 それでも自転車の女子高生はあきらめない。
 汗だく、黒髪の乱れもなんのその。ド根性で追い続ける。それこそ地の果てまでも、という覚悟にて。
 が、そのときである。
 自転車が急に失速し、泣き言をもらした。

「ごめん。もうむり、限界」

 ポンっと白煙。たちまち自転車の姿がかき消えてしまった。
 かわりにあらわれたのは、漬け込んだオリーブの実の色をしたヨレヨレのジャケットを羽織っているおっさん。
 たまらないのはいきなり宙へと放りだされることになった女子高生。
 持前の運動神経によってどうにか転倒こそは回避するも、勢いあまって最寄りのゴミ置き場に突っ込む。自身がボーリングの玉となり、ポリバケツのピンをどんがらがっしゃんストライク。
 地面に四つん這いとなり腰を抑え「おぉぉ」とうめいているおっさん。
 生ごみの日と重なったがゆえに悲劇に見舞われた女子高生。
 そんな二人を置いてけぼりにしてグングン遠ざかる白いタキシード。「ははは」と高笑いにて「アデュー」
 別れを告げて、その姿は夜の彼方へと消えた。

  ◇

「だぁー、ちくしょう。また逃げられた―っ! おのれ怪盗ワンヒールめぇっ!」

 地団駄を踏んで悔しがるゴミまみれの女子高生。さすがは十代、まだまだ元気。
 比べて三十路過ぎのおっさんはもうへろへろだ。
 この元気な女の子の名前は洲本芽衣すもとめい
 十六歳の女子高生にしてワケあって探偵助手を務めている。
 すっかりへろへろな方が尾白四伯おじろよんぱく
 いちおう探偵である。世間ではまだまだ若いといわれる年齢ながらも、日頃の不摂生がたたってこのざまだ。
 そしてまんまと逃走した白いタキシード姿が怪盗ワンヒール。
 この高月の街を夜ごとに騒がせているドロボウである。
 事前に相手へと予告状を送りつけまんまと盗みを働く姿は、さながら推理小説やマンガなんかに登場する怪盗のよう。
 大胆不敵、神出鬼没、目元を仮面で隠しているから正体はわからない。
 すらりとした容姿と堂々とした立ち居振る舞い。気取った物言い。渋い声。ほんのり漂ういい香り。華麗な盗みのテクニックなどから、きっと中身は相当のイケメンであろうと巷でもっぱらの評判の人物。
 唯一残念な点があるとすれば、それは彼が狙う獲物が女性のハイヒールの片方限定だということだ。
 とどのつまりは変態である。
 四伯たちが怪盗ワンヒールと遭遇したのは今夜で二度目。
 しかし結果はご覧の通り。
 二連敗中にて「次こそは!」と意気込む芽衣とは裏腹に、四伯は「もうやだ。しんどい。おうちかえりたい」であった。


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