聖なる剣のルミエール

月芝

文字の大きさ
上 下
33 / 33

33 人として足掻いた何か

しおりを挟む
 
「いってらっしゃい、ガトー」
「いってくる、エイダ。ルミエールのことを頼む」

 別れの口づけを交わし、遠ざかる彼の背を赤子を抱きながら見送る。
 ガトーは勇者としての使命を果たすために、聖剣を手に再び旅立った。
 私が彼の妻となり三度目の春を迎え、花が咲き誇る中でのことである。
 
 いずれこの日が来ることはわかっていた。
 歴代の勇者とは比較にならないほどの聖剣との適合率にて、人間とは違う別の何かへと造り代えられた彼の肉体。通常は高くても五割のところがガトーの場合は、最果ての地にて儀式を終えた後も適合が進み、ついに十割をも大きく超えたということを彼の口から教えられた。
 これが意味するところ……、それはこれほどの勇者を必要とする事態が世界に起こるという予兆に他ならない。
 
 ときおり夜更けにうなされては震えているガトー。
 そんな彼を強く抱き締めては、「大丈夫」と耳元で囁く。
 気休めなのはわかっている。彼が直面していることはあまりにも計り知れない。ただの人の身に過ぎない私では理解することは適わない。それでも触れ合うことは出来る、心で寄り添うことも、だから私は彼に自身の体を密着させてお互いの温もりを共有し、せめてもの慰めとしてあげていた。
 
 子供が出来たとわかったとき、聖剣が初めて私の脳裏に話しかけてきた。
 その時に告げられたのは産まれてくる赤子が、父であるガトーの影響を強く受けている可能性についてであった。
 これまで勇者の能力が次世代に受け継がれなかったのは、五割にも満たない適合率ゆえにである。しかし彼の場合は桁違いの適合率を誇る。その影響はかなりの確率にて出ているであろうと。
 このことはガトーには話していない。聖剣にも黙っておくようにお願いしておいた。だって知ったらきっと彼は自分を責めるであろうから。
 
 産まれてきたのは可愛らしい女の子であった。
 私と夫は相談のうえで、この子にルミエールと名付ける。
 この子が生まれたとき、取り上げながらガトーは泣いていた。「産まれてきてくれてありがとう」と泣いていた。そんな父子の姿をみて、この子を産んで本当によかったと心の底から思えた。
 
 遠ざかる彼の姿がついに見えなくなってしまった。
 父親が行ってしまったというのに、私の腕に抱かれてすやすやと眠り続けるルミエール。
 こうやっている姿はどこにでもいる赤ちゃんだというのに、しっかりと能力を受け継いでいることは聖剣により報らされている。 
 なあに、勇者のチカラがあろうがなかろうが私のすることに変わりはない。
 かつて私が母プロムから教わったことを、娘にもみっちりと伝授するだけのこと。もちろんガトーから教わった剣術も徹底的に叩き込む。そして彼が戻ったときには、一本ぐらい軽く取れるぐらいには育て上げてみせるつもりだ。

「うふふ、ガトー、はやく帰ってこないと娘の方が強くなっちゃってても知らないから」

 すっかり見えなくなった彼の背を求めて未練がましくしていたら、腕の中のルミエールが目を覚ましてぐずりはじめる。
 どうやら我が家のお姫さまはお腹が空いたようだ。
 私は身を翻すと、おっぱいをあげるために住居へと歩きはじめた。



 ―― 聖なる剣のルミエール(完) ――



しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

simesu
2018.10.29 simesu

一気読みしました。
ガトーに手の平に乗るくらいの幸せが残されてよかった…

面白かったです。

解除
じゅう
2018.10.03 じゅう

他の作品と雰囲気違うので驚きましたが、私はこちらの方が好きです!
一気に読んでしまいました。

更新楽しみにしています‎|•'-'•)و✧

解除

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。