聖なる剣のルミエール

月芝

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32 揺るがぬ想いを貫く女

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 ジェニング王の側近であったポルカさんが来訪してから、数ヶ月後のこと。
 領主兼領民が一人きりの場所に、一団がやってきた。
 隊を率いていたのは見知った顔である。

「久しいな、ガトー殿」
「やあ、エイダさまもお元気そうで」

 エイダ・クロムウェル……、クロムウェル国の王族に連なる姫騎士で剣の達人だ。
 聖剣うんぬんを抜きにしたら、たぶん人間の中でも屈指の実力者だと思う。最果ての地へと赴く旅の途中で、しばらく行動を共にしていたが、稽古熱心でこちらが教えたことをズンズンと吸収するもんだから、楽しくて気がついたら指導にも熱が入っていた。
 最後に別れてからしばらく経つが、どうやらあれからも研鑽を重ねていたようだな。まとっている剣気や体の動きが、更に洗練されている。本当にたいした女性だ。

 そんな彼女がわざわざこのような僻地にまで足を運んだ理由は、ハイランド王国の現状を伝えることと、勇者としての今後の意向を確かめるためであった。
 話の内容は以前に訊ねてきたポルカと名乗っていた存在と概ね同じ。
 その話に酷い内乱に突入したために、諸外国が見かねて介入し実効支配していることが加わっていた。

 勇者としての見解を聞きたいと言われたので、聖剣と勇者の使命と世界の理をありのままに伝える。
 聖剣と勇者は世界を守護するものであって、必ずしも人々を守るものではない。
 きっと軽蔑されるだろうなと、少しばかり身構えていたのだが、エイダはそんな素振りは微塵も見せずに、それどころか私が「王都にも王国にも関わるつもりはない」と告げた途端に、その綺麗な顔に喜色を浮かべる。

「それを聞いて安心した。ではそういうことなので、あとの報告は頼んだぞ」

 エイダが副官らしき男性にそう言うと彼は恭しく頭を下げて、そのまま隊を率いて来た道を戻っていった。何故だか隊長である彼女を一人だけ残して。
 わけが分からずに困惑している私に向かってエイダが深呼吸した後に、大音声にて告げたのは「愛してる! 嫁にしてくれ! というか嫁になる!」という一方的な宣言であった。
 
 これには私も聖剣も唖然となるしかない。



 衝撃的な告白を受けてより早や、二ヶ月。
 押しかけ女房は逞しかった。
 とてもお城育ちの姫君とは思えぬほどに、わずか数日にて僻地暮らしに馴染む。
「なんでそんなに元気なんだ」と訊ねたら「普段から野営で慣れている」との呆れた答えが返って来る。母親が元凄腕の冒険者だとは知っていたが、剣のみでなくこっち方面でも英才教育を施していたとは思いもよらなかった。
 嫁うんぬんの話はとりあえず脇によけておき、厳しい暮らしにどうせすぐに根を上げるだろうと、タカを括っていたというのに……。

《もう諦めてお嫁さんにしてあげたらどうですか? この分では絶対に帰りませんよ》

 聖剣までもがそんな無責任なことを言い出す始末。
 エイダは若くて美人だ。その気になったら相手なんて選り取りみどりであろう。なにも好き好んでこんな草臥れたオッサンの相手をする必要なんてない。それに私は……。

 突貫娘に私は自身の体について起こった変化を話し、すでに人間とは違う何かであるとも教えた。そして彼女が見ていた勇者の姿というのが、「実は自分が人間であろうと必死になっていただけの男」であったということをも打ち明ける。
 それでも彼女は引き下がらない。
 
「勇者であろうとヒトとは違う何かであろうと関係ない。理由がどうであれガトーがいたからこそ、私も、みなも救われたんだ。利己的で自分勝手で我儘で何が悪い? むしろ誰よりも人間らしく私には思えるけどね」
「しかし……」
「それに私は何も貴方の一番になりたいわけじゃない。聖剣には為すべきことがあり、勇者にも果たすべき使命がある。そいつを差し置いてまで自分が上になりたいと願うほど、欲深じゃないぞ。ただ私の中ではガトーが一番だ。それだけは譲れないし曲げられない」

 あまりにも真っ直ぐで、あまりにも真摯で、あまりにも潔いエイダの想い。
 それは彼女の振るう剣と同じく、とても流麗でしなやかで気高く美しくて、私は目を逸らせない。



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