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31 かつてポルカと呼ばれていたモノ
しおりを挟む勇者と王都との通信を遮断するために配置していた同胞らに、首尾よくことが運んだことを報せ、その任を解いた私は一人、勇者のもとへと向かった。
いまの自分はかつて彼が見知っていた男とは違い、若い冒険者の女の姿をしている。
それを活かして、迷い込んだフリをして彼と接触し、それとなく動向を探るつもりであったのだが……。
ガトーの故郷は厳しい環境にある開拓村で、すでに廃村となっていると聞いていた。
だというのに、これはどうしたことであろう。
一面に色とりどりの花が咲き誇る楽園がそこにはあった。
綺麗な庭園なんぞは王都にも腐るほどあった。だがそのどれよりもここは美しい。命の輝きが溢れている。
思わず見惚れて立ち尽くしていた。
すると不意に声をかけられる。声の主はしゃがんで花の手入れをしていた勇者であった。
慌てて取り繕おうとするも、無駄であった。
なにせガトーが発したのは「……おや? ポルカさんですか。随分と可愛らしい姿になっているので、ちょっと考えてしまいましたよ」という言葉であったのだから。
ほんの一瞬にて正体を見破られて内心では狼狽しつつも、警戒を強める私と違って、ガトーはとくに気にした風でもなくて、よっこらせと立ち上がる。
あまりにも自然体で飄々とした様子。使命を果たし王都へと帰還した際にも、どこか達観したような風ではあったが、それがより洗練されたような感じになっている。煩わしい世俗から解放されたことで、心身がかなり洗われた成果であろう。
「どうです? 凄いでしょう。ほんの数ヶ月でコレですよ。聖剣のチカラってのは大したもんです。無益な殺生を繰り返すより、こちらのほうがよっぽどいい」
帰郷した直後に土地を耕し、種を撒いたと話すガトー。聖剣にて雑草を刈ったり、土地を耕したり、農作物や花を育てていると聞いて、どれほど私が驚いたことか。
しばし二人して花畑を眺めてから、彼に案内されて住居となっている小屋に招かれる。
少し苦味の強い薬草茶を振舞われ、歓談に興じる。
ガトーは王都のことも、私がどうしてここにいるのかも訊ねてはこない。あまりの無関心ぶりに、ついに焦れた私が自ら話題を振ることとなる。
こうなっては、もう腹をくくるしかない。
いざともなれば斬られる覚悟を決めて、私は自分の正体および王都での出来事の一部始終を話して聞かせた。誤魔化すという考えはとうに失せている。なにせ彼は一目でこちらの正体を見破ったのだ。そんな相手にヘタに嘘なんぞついたところで、逆効果になるであろうから。
親友や元妻の死に纏わる王の陰謀、現在の王都の有様、そして私の正体とずっと虐げられし同胞らのことなど、これまで秘めてきた全てを吐き出す。
私の話に黙って耳を傾けていた彼が、それらを聞き終えて漏らした感想は「そうですか」という一言だけであった。少し寂し気な表情を見せるも、ただそれだけ。
あまりの反応の薄さに、こっちのほうがどうしていいのかわらかなくなる。
もともと感情の起伏に乏しい男ではあったが、ここまで淡泊であっただろうか? 見た目は以前と変わらない。幾分、肌艶がよくなり健康そうになっただけだ。だが彼の内の何かが、明らかに違うと私の直感が告げている。その変化が果たして我らにとって吉とでるか凶とでるかはわからない。それでも私は彼に確かめなければならないことがある。
カップに残っていた冷めた薬草茶を飲み干し、意を決した私は勇者に訊いた。
「我らはこれを機に王国を切り崩し、悲願であった国を興す。貴方は我らの前に立ち塞がるのか?」
我らの命運をも左右しかねないこの質問に対して、彼は首を横にふり「それは勇者の仕事ではない」とだけ答えた。そして聖剣と勇者が守るべきモノの正体を教えてくれた。
聞きたかった答えをもらい私は彼のもとを辞去する。
別れ際に「もしも世界に仇なすと聖剣が判断したら、その時は伺うことになります。だから、どうか選択を誤らないようにして下さい」とガトーより告げられた。
この世界がこの世界であり続けるための存在、それが聖剣と勇者。
なにをもって世界に仇なすモノとされるのかはわからない。
だがこの事をきっと忘れないでおこうと固く誓う。
同胞らにもしっかりと伝えよう。
子や孫の代にまでも伝わるようにもしておこう。
我らの未来を守るために。
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