30 / 33
30 戦乙女と呼ばれた騎士 Ⅲ
しおりを挟む遠目にみえる王都は美しい。
精緻に建造された高い城壁が、陽の光を浴びて白く輝く。
威容を誇る四方の大門を封鎖していた連中は、各国の軍勢が進軍してくるのを見た途端に、剣を抜くこともなく蜘蛛の子を散らして逃げ出す。
大門を一歩くぐった先には惨状が広がっていた。
死んだ母親に縋りついて泣いている幼子。
一切れのカビたパンを巡り殴り合っている男たち。
濁った瞳にてぼんやりと佇んでいるだけの老人。
そこかしこに腐乱した死体が無造作に転がり、酸えた不快な臭いが辺りに漂い、見かけた人々は誰もがかなりやせ細り薄汚れていた。
そこいらで火が燻り、商業地区や住宅街の半数以上が焼け落ち、廃墟と化している。
「これがかつて永遠の都と謳われた場所なのか……」
あまりの光景に私は絶句する。
世界を滅ぼしかねない瘴気。それがもたらす幾多の災禍をものともしない聖地にも等しい場所。そこを破壊したのが狂暴化したモンスターなどではなくて、人間の手であったという事実を目の前にして、私は無性に哀しくなった。
六か国による連合軍は、速やかに各陣営を強襲しこれを制圧、五人の姫たちの身柄を抑えることに成功する。
あまりの呆気なさにこちらが拍子抜けしたぐらいだ。
長引く内乱にてどの陣営もすでに疲弊し限界に達していたのだ。きちんと訓練を積んだ騎士や兵士だけならばともかく、寄せ集めの軍勢ではとても耐えられない。そうなる前にどこかと共闘するなり同盟を結ぶなりすればいいものを、互いに隙を見せまいと我を張るうちに、機を見失い結果としてズルズルと消耗する道を辿る。なんとも愚かな話だ。
もっとも激しい抵抗をみせた仮初の女王である長姫レベッカの陣営でも、三日ともたなかった。
自称女王さまは最後の最後までギャアギャアとうるさくて、「どうして勇者と自分の仲をよってたかって裂こうとするのだ!」などと意味不明の言葉を吐いていたので、不愉快なあまり、ついぶん殴って黙らせてしまった。
念のために部下に事実確認をさせてみたが、そんな事実はどこにもなかった。
彼女の完全な妄想である。
私は軍を率いて残敵や野盗紛いの輩どもを殲滅する作業に従事し治安回復に務め、各国の首脳陣らは王国の今後についての会合を開きつつ、王都の民の救済に乗り出す。
その過程での調査にて判明したのは、かつて百万を誇った都の人口が二十万を切るまでに減少していたということ。
消えた八十万のうち、半数はなんとか王都より逃げ出したのであろうが、残りは内乱の巻き添えを喰ってしまったことがわかり愕然となる。
四十万という犠牲者数は、大陸中の戦史を紐解いたところで、見たことも聞いたこともない途方もない数字であったからだ。また外部へと逃げ出した者たちも、どれだけ無事で済んでいるのかは見当もつかない。
なにせ彼らは守られた箱庭の住人なのだ。平和しか知らない温い生き物が、のうのうと暮らしていけるほど外の世界は優しくない。
この分では犠牲者数は更に増えるであろうとの予測がたち、各国の主だった者たちはみな表情を曇らせた。
会合にて五人の姫たちの身柄は拘束、終生幽閉とすることが決まる。気持ちとしては誰もが首を刎ねて、その辺に晒したいところではあったのだが、仮にも王族であるがゆえにそうもいかない。しばらく様子を見ながら再教育を施して、使い物になるようであれば今後の王国の運営を担う人材として活用するし、駄目ならば飼殺す。
そして肝心の聖剣と勇者の行方なのだが、それはすぐに判明した。
ガトーは生まれ故郷に戻っているという。だがどうやっても連絡がつかなかったということを虜囚となった者たちから聞かされた。
これを知って首脳陣らは、とりあえず連絡をとってみようということになり、その使者の一団を率いるのに私が任命された。
兄からは「報告は部下にまかせて、そのまま向こうに残って構わない」と言われる。
その際に教えてもらったのだが「勇者を取り込むこと」は密約にて禁じられているのだそうな。だが「勇者のもとに嫁ぐ」のは問題ないらしい。
ようは特定の国や権力が勇者という強大なチカラを囲うのは困るが、それらと縁を切って一個人として向き合う分には許されているということ。
だから「ただの一人の女として飛び込んでこい」と送り出された。
1
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる