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27 動乱 Ⅱ
しおりを挟むジェニング王がレベッカに弑逆されてからわずか三日ほどで、王都内のそこかしこで剣戟が響くようになり、十日もすると単発的であった戦闘行為が集団同士の争いへと発展していき、高い壁に囲まれた箱庭の中がついには戦場さながらの様相を呈していく。
なぜここまで加速度的に戦の火が広がっていったのかというと、そこにも王の側近であったポルカの暗躍があった。
彼はレベッカの準備を整えつつも、四人の妹たちにも王がいずれ排除される旨を報せていたのである。「親殺しの大罪人を誅し、これをもって自身の王位継承の正当性を主張なされるがよかろう」との文言を添えて。
ゆえに妹姫たちは密かに陣営の準備を整えて、その時が来るのをじっと待っていたのだ。
お互いに闘いの準備は完了していたので、戦端が開かれると同時に激しさを増すこととなる。
王都の民たちも当初はいささか楽観視していた。
せいぜい「また上の連中が始めた」ぐらいに考えてタカを括っていた。なにせ長い歴史を誇る都だ。似たような権力闘争の類はこれまでにも沢山あった。しょせんはやんごとなき人たちのすることで、自分たちには関係ないと思っていた。でもじきに笑っていられなくなる。
まず大門が封鎖されたことにより、外部からの人と物の流れが制限された。
これにより経済が大きく滞り、物価高を誘発する。じりじりと上がりつづけて、ついにはパンの値段が通常の十倍に達したとき、民衆は悲鳴をあげた。
加えて闘いの質が明らかに悪い方へと変わり始める。
当初は騎士同士の名誉を掲げた綺麗な闘いであったのが、無頼の徒や傭兵らまでもが各々の陣営に加わることによって、荒々しさが一気に増す。周辺に被害を及ぼすのも気にしなくなる。
戦いは一進一退を見せ、しだいに長期化を余儀なくされる。
五つの勢力が睨み合う格好になるので迂闊に仕掛けられない。隙を見せたら他方から攻められる。そうなってくるとどうにも手が足りなくなり、各陣営が手近なところから戦力増強のための人材と確保するようになったのが原因だ。
数合わせの人員の中には質の悪いのも含まれており、闘いのドサクサに紛れての犯罪行為が横行し、治安は悪くなる一方。日中にもかかわらず大通りは閑散とし、殺伐とした雰囲気に包まれる王都。
これを取り締まるはずの警邏隊どころか、中央の政権すらもが機能しておらず、政治空白が続き、王国は瞬く間に立ち行かなくなっていく。
昼夜を問わずに発生する小競り合い。
民は自宅の奥深くに篭って、じっと嵐が過ぎ去るのを息を殺して待つしかない。
日ごとに狂乱の度合いを増していく中にあって、一向に姿を現さない勇者ガトー。
民衆らは「王国は聖剣と勇者に見捨てられた」という情報を信じざるをえなくなっていった。それが一層、王都に暗い影を落とすこととなる。
ほんの数ヶ月前までは世界から瘴気が払われて、活気に満ちていたはずなのに、どうして? と誰もが考える。
そしてすべての元凶がジェニング王であったのだという話は、より信憑性を増し、民は王家と国に対する不信を募らせ続けた。
そんな状況下にある王都から脱出した一団があった。
側近のポルカと市井に紛れていた彼の同胞たちである。
人ならざる者らの強靭な肉体をもってすれば、高い壁からとて脱出は容易い。
王都を脱出したところで、集団よりひとり離れるポルカ。
「では手筈通りに、御方のところに合流して指示を仰いでくれ。私は情報封鎖している連中に声をかけてから向かう」
「わかりました。それでは」
同胞らの姿が遠ざかっていくのを見送りながら、おもむろに姿を変えるポルカ。
これまでは冴えない中年風の男性の姿であったのに、途端に栗色の髪をした若い女冒険者のような姿に変じる。もともと性別などないポルカにとっては、造作もないこと。だからとて誰かに成りすますことはない。それはとても容易なことではないからだ。いくら姿形を似せたところで、ちょっとした違和感からすぐにバレてしまう。
人というのは存外に勘がいい。それこそ口角の上げ具合や皺のひとつから「うん?」と疑問符を浮かべるのだから。ならば最初から別人に化ける方がよっぽど楽なのだ。
「これでよしと。各国にはすでに聖剣不在と内乱の情報は流してあるから、じきに動くであろう。よくて傀儡政権か代理政府の樹立、最悪で分割統治、どのみち我らにとっては動きやすい状況となる。これでようやく悲願が果たせる。あとは……」
あとは勇者ガトー次第との言葉を呑み込むポルカ。
ポルカは情報封鎖をしている同胞らと会った後に、ひとりで勇者のもとを訪ねてみるつもりであった。
説得ではないが、彼の意向だけでも確かめておきたかったからだ。
「貴方は我々と敵対するのか?」と。
もしも苦境に立たされた王国のために動くと言うのであれば、王によって非業の死を遂げた騎士ルイ・ポーウェルと元妻のシーラの話を引き合いに出すつもりだ。
ルイがジェニング王に利用されるだけ利用された後に無残な死を賜り、シーラが誹謗中傷にて貴族や民衆から虐げられていたことなどを告げる。
王や王国という存在が、勇者にとって聖剣を捧げるに値しない存在だと知らしめる。
これで傍観者に徹してくれたら嬉しいのだが……。
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