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26 動乱 Ⅰ
しおりを挟む勇者の故郷へと通じる森を抜けて、ようやく山道へと差し掛かったところで、不意に何者かの矢を受けて足を踏み外し、谷底へと落ちて行く男の姿があった。
「これで六人目か……」
崖下にて首がヘンな方向へと曲がり、すっかり動かなくなった男の様子を見ろしていたのは異形。人間ではない、さりとてモンスターでもない。この大地に古くから住む一族にして第三の存在。強すぎるがゆえに恐れられ迫害され、少ないがゆえに数の暴力には抗えずに、潜むことを余儀なくされた者たち。
虎視眈々と復権を望み暗躍し続けているのだが、そんな彼らの障害となっていたのが聖剣と勇者、そしてそれを保有する王国という存在であった。
聖剣と勇者はまだいい。脅威には違いないが明確に敵対しない限りは安全でいられる。だが王国は古くより彼らの存在を許容することもなく否定し、秘密裡に葬るを繰り返してきた。どれほどの数の同胞らが卑劣な罠に堕ちて無念の最期を遂げたことか。
怒りにまかせて王国の頭を潰すことは可能だ。しかしすぐに別の頭が生えてくるだけで意味がない。殺しても殺しても湧いてくる。国そのものを根本から傾ける必要がある。だというのに聖剣の恩恵を受けているあの国には、なかなか隙がなかった。
だが、ここにきて千載一遇の好機が到来する。
愚かな王が欲をかいて、勇者の身を欲した。
それが発端となり聖剣と勇者は都を離れ僻地へと向かい、人心は乱れ、治世が大きく揺らいでいる。
王の側に潜入していたポルカの作戦によって、じきに王都にて内乱が起こり、他国の介入を招き、王国は瓦解する。
その隙をついて国崩しを行い独立を果たす。
そのための時間を稼ぐために、彼らは王都からの使者が勇者のもとへと辿りつけないように、ここで始末し続けていた。これもまたポルカの指示であった。
その日、ジェニング王はいつも通りに仕事を行うために、側近のポルカを連れて執務室へと通じる長い廊下を歩いていた。
すると壁際にて一人で佇んでいる黒いドレス姿の女を見かけ、声をかけた。
「久しいなレベッカよ。かわりないか?」
尊大な態度で自身の長女に語りかける王。
その言葉は定型文のようで味気ないものであった。
だというのにレベッカはにっこりと笑みを浮かべている。
「はい。お父様。おかげさまで、今日という良き日を迎えられました」
彼女の言葉の意味がわからずに思わず怪訝そうな顔をするジェニング。
そんな父親につつつと音もなく近寄ったレベッカ。
「いったい何を……」
そこで彼の言葉は不意に途切れる。
代わりに口から出てきたのは赤い血の糸。
ひゅぅと間抜けな呼気が漏れた。
やたらと胸の辺りが熱い。見てみると自分の胸部に、深々と短剣が突き立てられてあるではないか。正面から一撃のもとに突かれたということに、ようやく気がついたとき、すでに王の体は床に倒れ伏していた。
「おのれレベッカ、気でも狂うたか」
自分の流した血だまりに沈んだ父王を見下ろし、長姫が微笑みかける。
「いいえ、気が狂ったのはお父様の方です。邪心を抱き民を虐げる愚王、もはや見過ごすことはできません。よってここに貴方を誅します」
「なにを……馬鹿なこと……を」
勇者を手に入れるために行われた数々の悪行、その結果により生じた大火災、聖剣と勇者の不在などを娘の口から語られて、思わず目を見開くジェニング王。
秘密裡に進めていたはずのことが、すべて市井にバレていると知り驚愕する。そこでようやくすぐ側にいるはずのポルカの存在に思い至り、懸命に彼の姿を目で探す。
ポルカは少し離れたところで、父娘のやりとりとじっと眺めていた。
その姿をみて自分が誰に裏切られたのかを悟り、激怒するもすでに頭に昇るほどの血も王の体には残されていなかった。
ぼやけていく視界がやがてプツンと途切れ、ついに王は息絶える。
ハイランド王国第八十六代王ジェニング・ハイランド、その最期は信じた側近に裏切られて、自分の娘に弑逆されるという惨めなものであった。
この日のうちにレベッカは国を正すためにジェニング王を誅し、新女王に即位したことを布告する。
しかしこれに反発した四人の妹たちが反旗を翻し、ここに五つの陣営による内乱が勃発。
その戦火は瞬く間に燃え広がって、魔女の起こした大火などとは比べものにならないぐらいの被害を王国にもたらすこととなる。
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