聖なる剣のルミエール

月芝

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25 勇者の故郷 Ⅱ

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 帰郷してより十日ほども経つと、村の風景はすっかり様変わりしていた。
 雑草はキレイに刈りそろえられて芝生のようになっているし、百戸ばかりあった家で残っているのは、自分の住居を含めて五戸だけ。あとはすべて解体もしくは破壊して片づけた。畑の手入れも終わり、自生してでも生き残り続けた逞しい連中がスクスクと育っている。家の修繕もとっくに終えており、一人暮らしには充分すぎる環境が整いつつある。
 空気がいいのか、水が合うのか、生まれ故郷に戻ってから私の体調はみるみる良くなっている。周囲の目を気にしなくていいというだけでも、随分と違う。
 勇者としてではなくて、一人の辺境の住人として過ごす時間は確実に私の癒しとなっている。

 今日は朝から撤去された宅地跡の片づけと整地作業をしていた。
 剣撃にて大地を耕し終えたところで、ズボンのポケットから小袋を取り出す。

《それは……、あのときの品ですか?》
「ああ、そうだ。あの子に貰った花の種だよ」



 勇者の使命を果たすために王都を旅立った。
 その旅の途中で立ち寄った某国の辺境の村で、私は小さな女の子と出会う。
 辺境の村は僻地であるがゆえに、どうしても情報が正しく伝わらない。
 瘴気によって獣がモンスターと化し、モンスターはより狂暴化するということは知っていても、その詳細の知識が届いていないのだ。ゆえに誤解や風評被害がしばしば起こり悲劇を生む。瘴気が出たというだけで、無闇に恐れて家畜を皆殺しにしたり、飼っていたペットを処分したりといった過剰な反応に走る地域が後を絶たない。
 あの子の住んでいた村もそうであった。
 
 たまたま立ち寄った村では、多勢の殺気だった大人たちが小さな女の子を囲んで、いまにも過ちを犯さんばかりの剣幕であった。
 慌てて止めて理由を訊ねたら、女の子が飼っているパムーというモンスターを始末するんだと大人たちが息まき、少女がこれを必死に庇っていたところであった。
 パムーというのは白い毛玉のモンスターで、気性も大人しく人畜無害な存在。たとえ瘴気を浴びて狂暴化したところで野ネズミ程度になるか、もしくは人に懐かなくなるぐらいの代物。
 だというのに瘴気=狂暴化、ということを強く思い込んで強迫観念にとらわれている村人達は、なんでもかんでも「殺せ!」とやかましい。
 おそらくは気づいていないのだろうが、そのような短絡的思考に走って攻撃的になる自分たちこそが、瘴気の悪影響を受けているというのに。
 そんな連中に囲まれて小さいながらも懸命に友達を守ろうとしている女の子。強い子だ。そして彼女のような存在がいるからこそ、たとえ我が身が人外となろうとも私は人として闘い続けることが出来る。あの時は本気でそう信じていた。いや、信じようと思い込んでいたんだ。
 
 私は勇者の名前を行使して女の子を助けた。
 なおもグチグチとうるさい連中を黙らせるために、聖剣を用いて村の周囲に結界を張り安心させたので、どうにか事態を鎮静化させるのに成功する。
 無闇やたらと恐れるのと警戒するのとは違うと村人らを諭し、正しい知識を授けて、以後は軽挙妄動は慎むようにと申し渡したところで村を出る。
 その際にお礼だと言って女の子から渡されたのが、花の種が詰まった小袋であった。

 辺境において優先されるのは農作物。腹の足しにもならない花なんぞを悠長に育てている余裕はない。
 もしも花が咲き誇る場所があったならば、そこは開拓に成功した場所ということになる。あいにくとこの村にはまだそんな余裕はなかった。だから私と少女のやり取りを見ていた周囲の大人たちは、「勇者さまにつまらないモノを渡すだなんて」と呆れていたが……。



「勇者業に勤しんでいると、いろんな人がいろんな物を贈ろうとしてきたけど、どんな金銀財宝や美姫よりも、私はこの種を託されたのが一番うれしかったんだ。だからいつかちゃんと育てたいと思っていた」
《そういえばほとんどの贈り物を断り続けていた貴方が、珍しく素直に受け取っていましたものね》
「辺境ではたしかに価値がないモノなのかもしれない。でもそんなモノをあの子はずっと大切に保管していた。きっと彼女はあの場にいた誰よりも、ずっと強く、より良い明日が来ることを信じていたんだと思う。いつか必ず花を咲かせてみせると誓っていたんだ」

 聖剣と会話しながらも作業の手は止めない。
 しゃがみ込んでは指先にて地面に穴を開け、そこに一粒ずつ花の種を入れては、優しく土を被せていく。すべての種を埋め終えたら最後に聖剣を天にかざし、自分とあの子の想いを込めて大地に加護を与えた。



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